2015年02月09日

究極至高のベストナイン

このお方も、キャンプ序盤は球界に明るい話題を振りまいていたよね...


江夏臨時コーチが指導終了 育成出身の島本にグラブ贈る ※スポーツ報知

阪神時代にONと対峙していた頃の姿を想像するのが困難なほど、現在は立派すぎる体型をしているが(笑)、まあハムのときから既にけっこうきていたし、変わらないといえば変わらないのか。しかし、この江夏氏をNPB史上「最強投手」に名を挙げる人は未だ多い。

氏をリアルタイムでご覧になった人はカープ時代でも、おそらく現在40歳半ばを過ぎたあたりで、若い人たちが目にする機会はほとんどなかったと思うのだが(動画もそんな出回ってないし)、なぜなのだろう‥‥。本当に彼はダルビッシュやマー君以上の投手であったのか?そう現代人の私が想いを馳せたとき、たしかに江夏氏というのは数多くの“伝説”を持っているんだよね。

球宴の9者連続三振とか、自身のサヨナラアーチでノーヒットノーランを達成したであるとか、かの有名な江夏の21球?(自作自演)さながらマンガの世界で繰り広げられるような事象を、この方は過去にしてきた。ダルビッシュとて何ひとつ達成できていないこれらのインパクトは絶大である。‥したがって実際に投球ぶりを目にしたことはなくとも『江夏氏こそ最強にちがいない』と、考える野球好きが相当数いるのだと思う。


そんな投手が、たとえ短年であったとしても日ハムに在籍していたという事実は、ある種私にとって誇りでもある。ちなみに大林宣彦がメガホンをとった映画「転校生」でハム時代の江夏投手を不鮮明ながら確認することも可能なので、気になった方は一度視聴してみると良いだろう。


y.enatsu
@Calbee

しかしながら件の伝説級の投手しかり、日ハムには誠に多くの“大物”たちがいたものだ。同じく短命に終わったが、落合博満氏なんかもいらしたし。そうした選手も含め、過去ハムに在籍した選手で「ベストナイン」を組むと、ちょっととんでもないことになる。ハム発、筆者推し究極の9人(+1)を選出するならこうだ。


※東急F時代も含む。右は最盛期の成績
【投手】 江夏豊 25勝12敗 防御率2.13 奪三振401 (1968)
【捕手】 小笠原道大 AV.360 HR31 RBI100(2003)
【一塁】 柏原純一 AV.264 HR34 RBI96(1980)
【二塁】 落合博満 AV.367 HR52 RBI146(1985)
【三塁】 古屋英夫 AV.300 HR33 RBI96(1985)
【遊撃】 田中幸雄 AV.286 HR27 RBI87(1994)
【左翼】 大下弘 AV.383 HR26 RBI63(1951)
【中堅】 張本勲 AV.383 HR34 RBI100(1970)
【右翼】 稲葉篤紀 AV.334 HR17 RBI87(2007)
【DH】 大杉勝男 AV.339 HR44 RBI129(1970)


まさに「最強」としか云いようがない。これに勝る、他球団発のベストナインがあったら教えてもらいたいくらいだ。‥この手の妄想をすると、いつも三塁を古屋でいくか、片岡篤史でいくかで迷う。1シーズンのみだったとはいえ、3割30本をクリアーした古屋に、今回は軍配。

一塁に柏原を持ってくるなら、ドラゴンズ全盛時代の大島康徳を持ってくる手立てもあるが、ここはハムにおける貢献度の高さで若干ひいき目アリ。捕手・小笠原は本来反則技なのかもしれないけれど(笑)、打撃重視でいくなら彼以外にいない。ノムさん辺りがいてくれたらもっと良かった?

あと「打順」を決めることは、私にはできない。皆さんプライドが高く誰が4番を打つかでケンカになりそうだから‥‥ではなく、皆さんほんと凄すぎて。


眺めていると、やはり江夏氏と落合氏が加わってくれているのがあまりにも大きい。後者は現職からして叶わないにしても、江夏氏には一応OBとしてハムの臨時コーチもいつの日かやって頂きたい。当時(舎弟兼?)バッテリーを組んでいた大宮龍男を、若手選手との仲介役に回しますんで。


ブログランキング・にほんブログ村へ



ラベル:江夏豊
posted by 羽夢 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月07日

そんなキヨシに騙されて?

つくづく、このチームも監督の方が目立ってるよね。なんだか大沢親分時代のハムをみているようだ...

DeNA中畑監督が松井氏に「オレの方が一応先輩」 ※東スポWeb

中畑清、御年61歳。

筆者はかろうじて彼の現役時代を見てきているが、もう選手生活晩年の頃だったから、当時のプレースタイルであるとか人柄までは、よくは知らない。

「ナカハタ」だなんて、ちょっと変わったインパクトのある名字なのに、スタンドでは下の名前でシンプルに『キヨシ』とコールされていたらしい。個人的な趣味で1981年の日本シリーズの映像を視聴する機会も多いのだが、たしかにそう呼ばれていた。

そんなキヨシをみながら、たまに思うことがある。巨人軍における中畑清の存在って一体...

nakahata.1.jpg
@カルビー


私が知っている限りで、現役時代を共にした当時の主力選手は原、岡崎、吉村、松本匡、山倉、駒田あたりか。どの選手もキヨシとはキャラが被らない。若干クロマティが“そっち寄り”なのかもしれないけれど、クロウは外国人であるし。キャラが被らないのは個性がより際立って良いことだが、今日のキヨシのハジけっぷりを眺めていると、当時チーム内でさぞ浮いていたのではないか?

現代から遡ってみても、Gではなかなかキヨシのような選手は見当たらない。天真爛漫なら長嶋氏がいるが、ミスターはさすがに別格。“お調子者”カテゴリなら、元木なんて選手も過去にいたけれども、キヨシ的な明るさは持ち合わせていなかったように思える。したがっておそらく彼はG球団史上において、相当稀有な存在であったのではなかろうか。どうだろう。


どちらかといえばキヨシは、非常に「ハム的」 なのだと感じる。岩本や広瀬、森本稀とかデッドボール食らって喜んでいる杉谷あたりに、通ずるタイプ。そういえば古城茂幸が東京ドームのお立ち台で「茂ちゃんフィーバー」をおもむろに叫び、面食らったGファンも大勢いたと思うが、彼も元々はハムにいた。

もっともハム時代は守備要員がほとんどで脇役に徹していたため、古城のキャラ性を窺い知れる機会は少なかったから、私もアレには驚いたが。いずれにせよ彼もまた、「ハム的」な選手であったといえる。物珍しさもあってか、Gファンを中心にずいぶん著書も売れたのだそうな。有名人になれたうえに本まで出せて‥移籍してよかったな、茂チャン!


けっきょくハムでこそなかったが、あまりGの匂いを漂わせず、かつ“露出度”の高いキヨシを監督に持ってきたDeNAは、なかなか賢い選択をしたと思う。 と、就任4年目の今更ながらに---


≪関連≫
プロ野球生活16年間で一度もレギュラーになれなかった男がジャイアンツで胴上げしてもらえた話

ブログランキング・にほんブログ村へ

ラベル:中畑清 古城茂幸
posted by 羽夢 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月29日

北海道にいる、鮫?

マグロの大量死問題で話題となっている葛西臨海水族園...


動物好きには外せない、関東でも1、2を争うアミューズメントパークといっていいだろう。今から2年ほど前に私も行ったことがある。ドライブがてらに近くを散策したとかはあったけれど、同園内に足を踏み入れたのは、実はその時が初めてだった。子供や家族連れも多い動物園なら、個人的にはまったく問題はないが「ひとり水族館」‥‥なんか抵抗ない?

“デビュー時”は同じ趣味を持った異性の友人がいたので、同行してもらった。忘れもしない、お隣の幕張で、ちょうどロッテ戦があった日(笑)。入口付近にいきなり鮫の展示(って言い方でいいの?)があり、早くも私の心は躍ったが、圧巻だったのはなんといっても、くだんのマグロだろう。

映画館のような暗がりで、そのスペースを取り囲むような○形の巨大水槽が鎮座し、マグロたちが遊泳している。何枚か写真を撮ったけれど、薄暗い場所で高速に泳ぐサカナを撮る技術を、あいにく筆者は持ちあわせていなかったため、画像の添付は自重する。ブロガー、失格だなw


◆あの淋しすぎる水槽は因果応報?

『クロマグロは高級で美味しい』等々、らしからぬ?係員のMCっぷりも面白かったし、たしかに見応えあった。けれど‥‥少々つめ込み過ぎでないかい?と、かなり後づけの意見で申し訳ない。水族園とすれば「魚の大群」みたいのを、ひとつのウリとしていたのだろうが、その密度は今おもうと半端なかったんだ。急に進路を変更して、個体同士が痛々しくぶつかり合うシーンも多々見受けられたし、そもそもマグロはおっきいからね...

以降も水槽にサカナの数を増やしたと訊く。もしかしたら大なり小なり、彼らも「ストレス」を感じていたかもしれない。魚にストレスがあるのかとか、専門的なことはこの際ツッコマナイで頂きたい。が、ストレスは万病のもと‥‥報じられているウィルスが真の原因であるのだとすれば、その進行を拡大させてしまったのは、ヒトも加担していることになる。


kasai.rinkai.tansuigyo.jpg
撮影の機会を多く与えてもらった、ほっこり系?淡水魚


冒頭話したとおり、筆者は鮫も好きだ。某有名水族館でも飼育されているような巨大鮫の種ではなく、もっと“シャーク”な感じのタイプ。具体名をいうと万が一、多方面で被害に遭われている方もいるかもしれないので差し控えるが、どちらかといえば獰猛な個体が良い。したがってスティーヴン・スピルバーグ監督の「ジョーズ」は、私の好きな領域。

サメといえば日ハムの中嶋聡兼任コーチ(45)が、かつてそう呼ばれていたのだそうな。由来は諸説ある。顔がサメに似ているとか、同じ愛称で慕われていた中村武志に似ていたからとか?

うーん‥どうなのだろう。コーチの切れ長の細い瞳は確かに「鮫的」ではあるけれど、でもそれだけが理由であるのならティム・マッキントッシュ氏の方が相応しいと、筆者は思う。女性なら冨永愛がベスト。


イチロー入り喜ぶマーリンズファン「ベンチにスーパースターがいるってクールだろ」

オリックス時代に共にプレーしていたこともある、イチローのこの記事‥ていうか、この発想。なかなか面白いね。41歳のイチローよりもさらに年上の中嶋聡が今も現役の選手でいるのは、凄い。なにかもう感覚が麻痺して“凄み”があまり感じられなくなってきたけれど、こうした記事を目にするたび「サメさん」の偉大さを再確認するときがある。‥同記事ふうにいわせれば、こうなるのかな。

『ベンチに昭和世代を知るレジェンドがいるってクールだろ』

鉄砲肩と足がつりそうになりながらも懸命に走る、全国の中高年に勇気と元気と感動を与えてくれるそのお姿で、今シーズンも変わらず観衆を魅了してください。

ブログランキング・にほんブログ村へ

posted by 羽夢 at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月17日

「1995」

阪神・淡路大震災から20年...


あの日の早朝、学校へ向かう支度をしながらNHKラジオを聴いていたとき、地震の第一報が入ってきたのは、今でも鮮明に記憶している。地震大国、日本。だから当初は私もごくありふれたものかと思っていたら、今回のはかなり規模が大きいらしい。たいへん慌てた様子のアナウンサーがそれを如実に語っていた。

1995年という年月をリアルタイムで過ごされた日本国民は、大層不安に苛まれたのではないか。巨大地震の衝撃とショック。復興に向けて皆が前を向いていこう‥‥その矢先だった3月に、今度は都心の地下鉄を狙ったテロが起きる。これから先、一体どうなってしまうのだろう。日本は深い闇の中にいた。

思春期真っただ中にいた当時の私には、連日刺激の強すぎる事柄を伝える報道番組ばかり。あの年ほど「ベースボール」に救われた年はなかった。野球が日本に希望を灯してくれた、1995年...

若き日のイチローが「神戸の星」となり、復興のシンボルともなったオリックス球団の初優勝に貢献。チームの垣根を越えて、同球団を応援していた野球ファンは多かった。それと最大のトピックはなんといっても、メジャーリーグで「トルネード旋風」を巻き起こしたドジャース・野茂英雄の存在だろう。これまでの常識を覆す、多くの人たちが“無謀”とも感じていた、海の向こうでの闘い。だが、そこでも結果を残してしまう、ブラウン管に映るNOMOが本当に眩しかった。


私が愛した日ハムは、残念ながら4位という成績に終わったが、新任の上田利治監督が必死になって種を巻こうとしていた。その証拠に1995年に1軍デビューを果たした選手が数多くいる。井出竜也に上田佳範、西浦克拓に金村暁‥。まだ少なかった東京のハムファンは日に日に逞しくなってゆく、彼らに希望を託した。彼らが日ハムを変えてくれる、そしていつの日か、きっとチームを優勝へと導いてくれる---

個人的にはシーズン途中に突如現れた、怪力・ブリトーの印象が色濃い。オリックスがイチローなら、うちはブリトーだ。2試合連続で2発を放ったときがあったが、たしかあれは遠征先の北海道で行われたロッテ戦。記者の『北海道が好きなのか?』の問いに、『北海道も何も俺が今、日本のどこにいるのかすら分からないよ』といった種の発言をし、笑えた。ジャパンマネーで建てた、祖国ドミニカの豪邸に、君は今も住んでいるのかい?


ブログランキング・にほんブログ村へ

posted by 羽夢 at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月10日

大谷ファンに捧げる一冊

昨年放送の「アメトーク」で【ドラゴンクエスト芸人】をみた。


正確には憶えていないが、たしか『人生そのもの』‥‥そんなふうに芸人たちに絶賛されていた、ドラクエ5。番組内でも触れていたRPGでの結婚イベントはなかなか画期的だった。またそこに至るまでの紆余曲折さがいい。

強くて勇敢なお父さんがオカマキャラをした敵にやられてしまい、囚われる。あげく奴隷にまでなって過酷な肉体労働をしいられ、戦闘の腕は鈍り、ザコ敵にはなすすべもなくやられてしまう。堕ちるところまで堕ちた主人公がようやく手にした、幸福のとき---

しかも、自らが結婚相手を選べるというシステムが良いではないか。フローラとビアンカ。どちらの嬢を選択するのかは冒険者次第。ドラクエ5を体験した者にとってこれは必ずといっていいほど議論の的となる。

ビアンカでもフローラでもストーリーそのものに変化は起きないので、ハッキリ云ってもう、各個人の好みの問題だ。活発で世話焼き、姉さんタイプの前者、おしとやかで気品に満ちた、お嬢タイプの後者。無論幼なじみであるビアンカの方がシナリオ上、綺麗に収まることは重々承知していたのだけれど、筆者は“お金持ち”のルドマンを父に持つフローラを選んだ。

旅の道中、ルドマンが我々一家宛てに贈り物をしてくれることもままあったし、愛する女房からの心温まるお言葉の数々に、何度救われたか。おかげでいい旅ができた。しかし、双子の子供は女房の遺伝子を濃く受け継いだためか、彼女ソックリな外見になってしまって髪の色がブルーになってしまったのは‥若干違和感あったのけれども。‥‥現在ひとりもんである私に幸せな“仮想”の結婚生活、愉しい冒険の記憶を思い出せてくれてありがとう、アメトーークよ。


そんな優れた番組なのに、あろうかことか大谷君の回を見逃してしまった。かの大谷翔平スゴイんだぞ芸人?おもしろかったですか。はたして彼のファン及び、われわれハムファンを満足させる内容であったのだろうか。

残念ながら自分のように番組を見逃してしまった方へ朗報。大谷にかんするものならこちら書物が極めて秀逸だ。内容の濃さはおそらく、同番組にも引けを取っていない?大谷を愛し、応援するすべての人たちにオススメしたい。



ohtani.shohei.book1.jpg
Number(ナンバー)861号 革命を見逃すな。―大谷翔平と錦織圭

投手と打者、両面からみたスポーツライターによるコラムと、歴代「速球王」の証言・提言、同誌ならではの一風変わったデータ集もあったりと、本誌中盤くらいまで、さながら【大谷祭り】といった塩梅なのである。これを目にしたら貴方も自ずと野茂英雄氏にハムの監督をやって頂きたくなるだろう。

それと個人的に嬉しい誤算であったのが、大谷の映像をみながら某番組内で投球フォームが似ていると口にされていたダルビッシュ有御大の 失言特集。御大が利用しているツイッターでの“迷ツイート”を集めたものであるが、これは笑える。アンチに対する「切り返し」の良さはピッチング以上に光っているか。さすがはお笑いの地、大阪で幼少時代を過ごしていただけはある。永久保存版だ。


‥ちなみに表紙を半分にしている錦織圭については、大谷に比べるとなぜか圧倒的にページ数が少ない。同じく「革命者」である彼のファンからはいささかブーイングも聞こえてきそうだ。

ブログランキング・にほんブログ村へ

posted by 羽夢 at 08:57| Comment(1) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月04日

「4番打者に(秘)提言?」正月SP

なになに、トップに糸井嘉男を据える、超攻撃オーダー!?

森脇監督「1番・糸井」構想を抱く! ※スポーツ報知

なるほど‥。しかし森脇さんでなくとも、出塁率の高い俊足の糸井を一番に置くことくらいは、誰が監督をしたって一度は考えてみるだろう。現実に前ボスに当たる栗山さんも“試験的に”彼をトップで起用したことがあった。下記は2012年4月6日、対千葉ロッテの先発オーダーである。

1.【右】糸井嘉男 L
2.【三】小谷野栄一 R
3.【二】田中賢介 L
4.【左】中田翔 R
5.【一】稲葉篤紀 L
6.【中】陽岱鋼 R
7.【指】ターメル・スレッジ L
8.【遊】金子誠 R
9.【捕】鶴岡慎也 R


ご覧のように、コーチ陣の意も酌んだ上で※.1、見事なまでの「左右ジグザグ打線」を形成した。糸井はこの日から6試合で一番を務め、計25打数6安打、1本塁打に2打点という数字を残した。トータルで見ればまずまずといった感じだが、終わりの2試合で計8打数1安打と、思っていたよりも機能しなかったためか、次の試合から再び3番に戻った。オリックスでは核弾頭として、森脇さんの期待に応えることができるだろうか。 ※1.覚悟 理論派新人監督は、なぜ理論を捨てたのかより


‥それにしても驚いた。たった3年前なのに、あのメンバーの中で現在も残っているのは今季から復帰する田中賢介を含めても、わずか3名のみという事実に対して。だから、今も変わらずに4番を打ち続けている中田翔の存在が俄然光っている。いかに栗山さんが彼を「真の4番打者」に育てあげようとしていたのかが、なんとなく伝わってくるようだ。これが今やチームの枠を越え、全日本の4番にまで上りつめたというのだから、辛抱して使い続けた栗山さんの功績も本当に大きかったと思う。


日ハムの選手がジャパンの4番を打ったり、エース(ダルビッシュ有)になったりと、一昔前をおもえばファンには夢のような時代だ。おかげで中田もこの年末から年始にかけて、あらゆるメディアに“引っ張りだこ”状態にある。「さんまのまんま」に出演経験のあるハムの選手なんて、西崎以来の“快挙”ではないか?(もしかしたら新庄辺りもあるかもしれない) 同番組をはじめ、最近いくつかの媒体で口にしている彼の言葉の中で、実は個人的に少々気になっていることがあった。

それは『もしプロ野球選手になっていなかったら?』という問いに対しての、一見意外とも思える中田の返答である。

『動物園の飼育員になりたかった』

本当なのだろうか‥‥。いや、きっとそうなのだろう。ただ奥底では『自分はこんな逞しくていかつい躯をしてるのに、動物好きな心優しい一面もあるんだぞ』そういったものを大衆に向けてアピールしたいのではないだろうか。露出も増えてきた、このタイミングで。なかなかの策士である。今後同様な発言をした際、周囲の反応をみて“してやったり”な表情をしている中田の顔に、要注目だ。


‥ひとつだけ彼にアドバイスを送るとしたら、より信憑性を持たせるために、もっと具体的な動物名を述べた方がいいかも知れない。動物園の飼育員というのは一般的に、動物全般をみるのではなく、かならず「担当」が与えられる。ライオンとか象であるとか。飼育員は担当となった動物に全身全霊をかけて愛情をそそぐのだ。したがって中田も『動物園の飼育員になりたかった』のあとに、たとえば『ペンギンの世話をしてみたい』などと付け加えればその効果は絶大に増す。“好感度”はさらにアップするだろう。野球もバラエティも It's Sho Time!!


≪関連≫
【動物の値段】 -ノンフィクションを直視せよ-
みんなが知りたい動物園の疑問50

ブログランキング・にほんブログ村へ

ラベル:中田翔
posted by 羽夢 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月31日

帰ってきた男、還ってくる女...

年の瀬に日本中を駆け巡った黒田博樹・広島復帰のニュース。今季も名門ヤンキースで二ケタ勝利をあげた男を巡る急な展開には、私も面食らってしまったが、コレを受けて知人の西武ファンが嘆息していた。

どうやらオリックス入りが決まった、先の中島裕之の件が脳内でリンクしてしまったらしい。「黒田も田中(賢)も、ちゃんと帰って来たのに‥」 そう云わんばかりに悲観をする、Lな人。城島や福留のケースもあったけれど、今回の中島にかんしては古巣が熱心にオファーを出していたのだ。しかも、よりによって行き先が同一リーグのライバル球団。

‥判らなくもない。傷心の知人に返すべく適切な言葉を見つけられない私であったが、とりあえず、直に文化放送に“復帰”するであろう、大塚光二の去就についてだけ触れておいた。


帰ってきた男がいれば、還ってくる、オンナもいる---

歌手・中森明菜(49)の紅白歌合戦“復帰”が正式に決定したそうだ。NHKも時おりぶっ飛んだことをする。もう体調の方は大丈夫なのだろうか。漠然と番組の「目玉」として彼女を起用するだけなのなら、本当にやめてもらいたい。ただでさえ明菜と大晦日の紅白には過去、因縁めいたものがあるのだから。

ある年の紅白では当時交際中であった近藤真彦とダンスを踊らされ、またあるときは紅白の“裏”で婚約会見と偽られた場で、なぜか「謝罪会見」なるものをさせられたこともあった。ダンスのくだんは、彼女も断ればいいものの、要請に応じてしまう。素直‥といってしまえばそれまでだが、彼への想いがすべてを上回ったのだろう。当時の映像をみると、実に幸せそうな笑みを浮かべた彼女を確認できる。

恋人との失恋が、のち自傷行為に結びつき、これが先述の「謝罪会見」へと繋がっていくのだが、どうもこの辺りの時期から彼女の中の“バランスが崩れてしまった”と見る向きの人が多い。度重なる事務所とのトラブルに、中傷まがいの報道...

1980年代に人気を二分した松田聖子が様々な男と浮名を流しながらも、それをはね返して活動の場を拡げていった姿とはあまりにも対照的であった。当時は黒の衣装をよく身に付けていた明菜。その画さながらに、昭和を代表するふたりの歌姫が歩んだ道のりは、まさに「光と影」だった。


『恋も二度目なら』 と唄うのが代表曲のひとつである、セカンド・ラブ。あの唄のように二度目の恋はなかなかうまく実らなかった。ただ彼女自身がそうであったとしても「中森明菜」を愛し、支持し続ける人は今年久々に発売されたアルバムのセールス数にも表れているとおり、平成の世にもまだ数多くいる。

デビュー時から応援してくれたファンへの愛情は“特別”という話を訊いたことがあるし、きっと今回の「復帰」を決断したのだって、そういった人たちへの想いに報いたいからであったにちがいない。おそらく本調子ではないながらも、自らを奮い立たせて「大舞台」に臨む明菜を、ぜひ私は見届けたい。今の彼女の歌声を無事に聴けたなら‥‥新たに始まる一年を、力強く踏み出していけそうな気がする。


≪参考文献≫
哀しい性(さが)



PS.今年の更新はこれで終わり。一年間どうもありがとうございました。来年またよろしくお願いします。

ブログランキング・にほんブログ村へ

ラベル:中森明菜
posted by 羽夢 at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月27日

ゆくる人 -2014- vol.6

昨年の鶴岡のとき以上に、つまらない選択をした。


東京ヤクルトへFA移籍した大引啓次の補償が「人的」ではなく、結局ハムが選んだのはカネ‥‥。いや、今回にかんしていえば、金銭どうのこうのではなく、向こうが提出してきた名簿に補強ポイントと合致する選手が載っていなかったということなのだろう。それくらいは私でも判る。たしかに無理やりヒトを獲る必要もないのだが、けどツマラナイ。

球団は儲かったとしても“傍観者”である我々ファンには何の得にもならないのだ。だから選手を出す側の、金銭トレードというやつも、自分は嫌い。特にこれは私を含めた「ブロガー」であれば、共通の思いを強く抱いているのではないだろうか。

トレードでも人的補償でも、とにかくヒトを獲ればどんな選手だとか、前のチームでの立ち位置、その選手に期待すること‥などを書き記すと、1本の記事が容易に作成できる。今回のケースなら日ハムが人的補償を選択し、仮に今浪隆博を指名したとすれば、ブロガーには格好の“ネタ”となった。業界用語でいう『オイシイ』と呼ばれるものが、まさにこれである。

ところが金銭だとこうはいなかい。日ハム球団にいくら入ったかによって、それに付随した記事を展開できるブロガーがいたなら、今すぐ新聞社にでも応募すべきだ(笑)。もっともダルビッシュ有クラスのカネが動いたなら、話は変わってくるけれども。‥そういえば、あのポスティングで得た巨額の富は、一体どこへ消えてしまったのだろう。本音を云わせてもらえばもう少し、ファンにも「還元」してもらいたいところなのだが。


個人的にハッピーなニュースもあった。野茂英雄さんの長男・貴裕氏が来季から球団の通訳を務めてくれるという。選手ではないし、貴裕氏がどのような人物のなのかも、筆者にはまだよく判らないけれど「NOMO」のDNAを受け継いだヒトが我が日ハムにいらしてくれるのは、嬉しすぎる。

それくらい野茂英雄という投手は、私の中で特別だった。若い世代の多くはMLBでの雄姿が瞼に焼きついていると思うが、筆者は近鉄時代も目の当たりにしてきている。学生時代、強靭な下半身を要する「トルネード投法」を無謀にも試合中に真似て、相手チームから大ブーイングを浴びたのも‥今となれば良い思い出(?)でも本当に真似をしたくなるほど、あのトルネード投法には唯一無二のかっこよさがあったのだ。



nomo.hideo1.jpg
@1992Calbee


あったあった!

当時の野球カードの裏面に、『産まれてきたばかりの貴裕クンのために』みたいな紹介文。そのときの赤ん坊も、今や立派な成人かぁ。今年お父さんと一緒に札幌ドームに来たらしいけど‥‥英雄氏はいっそハムの監督に就任してくれないだろうか。栗山さんの次の。北海道に「NOMO」が降臨。少し変わった形の親子鷹誕生。バッテリーコーチは、もちろん近鉄時代の恋女房・光山英和氏にお願いして(笑)。これは盛り上がるぞ〜。

ご本人及び球団関係者の方々、ぜひ検討願います。

ブログランキング・にほんブログ村へ


ラベル:野茂貴裕
posted by 羽夢 at 15:03| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月24日

ゆくる人 -2014- vol.5

今思うと、筆者が過ごした小中学校の「ロケーション」は恵まれていた。


空気の澄んだ朝の、ちょうどこのくらいの季節。富士山がクッキリと肉眼で確認できた。子供ながらにも富士の美しさ・雄大さに心洗われる気分でいたのを憶えている。清原が以前、『巨人は富士山と一緒や。遠くから見てる方がいい』 なんて類の発言したのを記憶しているが、半分は当たっている(笑)。北海道も素晴らしいところだけれど、さすがに遠すぎて文字どおり日本一の山を拝むことができないのが、少し気の毒だ。

マウント・フジに魅せられた男をもうひとり、私は知っている。ただ、その人の“好きさ”が尋常でない。好きすぎて、富士山に特化した本まで出してしまったくらいなのだから。該当する本の帯には、こう記されていた...


富士山は「日本の象徴」であり、心安らぎ、心癒される山である。その優雅な美しさやスケールの大きさに、私はいつしか登ることよりも愛でる楽しみにとりつかれてしまった。これが「富士山に始まり富士山に終わる」ゆえんである


愛でる(めでる)楽しみにとりつかれた、その主は「想い出の山日記 富嶽48景」の著者・村田信典(むらた・しんすけ)さん。麓や近くの山々から富士を撮った、その芸術性高き写真の数々に、ご自身の言葉でエッセイ調の文も載せている。




第1景【ダイヤモンド富士】に始まり、第48景、同じく【ダイヤモンド富士】で締められるのは、富士をバックに昇ってゆく太陽と、沈んでゆく太陽を収めたものがあるからだ。上記、帯の文言にある「富士山に始まり‥」を、きちんと地で行く構成になっている。

それにしても季節ごと、様々な顔をみせてくれる山の美しさは本当に「圧巻」のヒトコト。中でもお気に入りの“1景”を、あえて挙げるとするならば第43景【薄墨の富士】‥だろうか。なにかとても幻想的な画で目を奪われる。ここでお見せできないのが残念なくらいだ。


せせらぎはバイオリンの調べ、滝の滑り落ちる調べはトロンボーン、二重奏を聴きながら軽快なリズムに乗って登っていく。小鳥のさえずりはメトロノームだ。
※P65 【せせらぎの調べ】より

時おりこうしたユーモラスな文章も綴っている村田さん。実は今シーズンかぎりで日本ハムを退団することが決まった、村田和哉のお父様なのである(ここの訪問者にはすでにご存知の方も相当数いたかと思われるが)


‥今季は同じ外野手で左打ちの岸里亮佑も加入し、同タイプの“俊足好打”系バッターがハムには多くいることから、村田には不利な面もあった。したがって「戦力外」となってしまうのはある程度予想できたとしても、NPB球団がどこも彼を獲らないとは思わなかった。衰えをみせない足と堅守で、まだまだ“需要”はあるはずだと感じていたから。打撃もシュアで悪くなかったし、連続打席ホームランなしの記録をつくったロッテの岡田幸文と村田には、どこに何の違いがあるというのか?専門家でない私には、よく判らない。

球界一のチビッコ・村田が代走なんかで起用されれば、自ずと心躍らせたファンも大勢いたと思う。リアル版「ピノ」とも称された背番号51が塁上をかき回すシーンは、痛快だった...


幼少のころは父に連れ立たれて山にも登ったそうだが、学生となってからは野球でそれどころではなかっただろう(笑)。本で息子について触れている記述はなく、住まいが千葉県の「流山市」に在ると語っているあたりに“関連性”がわずかに見出せるくらい。だが新天地の福島(ホープス)で、コーチ兼任選手となる和哉が「希望の星」となってくれるのを、きっと信典さんだって望んでいる。無論、想いは日ハムファンも一緒だ。ピノのさらなる成功を---


ブログランキング・にほんブログ村へ

posted by 羽夢 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月21日

「世紀の大トレード」

今週発売した週刊ベースボール(2014年 12/29号)に、なかなか興味深い記述があった。


NPBにおける過去に敢行されたトレードについて述べた記事があり、今ちょっと手元にないので引用はできないのだが「世紀のトレード」と呼べる交換劇は、1963年の大毎・山内一弘と阪神・小山正明の一例だけなのではないか---そういった内容。

‥これを読んで『あぁなるほどな』 と。筆者は当時まだこの世にはいなかったけれど、両者のデータをあらためて追ってみれば4番打者(33本塁打86打点)とエース(14勝で勝ち頭)同士のトレードである。世間に与えたインパクトの大きさは相当なものだっただろう。これこそ確かに「世紀のトレード」と呼ぶに相応しいのかも知れない。


主力選手同士の交換はあれど、どちらかが現役生活晩年を迎えた選手であったりするのが大多数だ。記事にもあった張本勲(日本ハム)の高橋一三(巨人)※1のトレードも、すでに選手としての“盛り”が過ぎていた頃。移籍前年、打率3割が常連だった張本は2割7分台に終わっていたし、高橋一にいたっては6勝止まりであった(張本は巨人で「復活」をしたが)。ビックネーム度では負けていないけれど「山内×小山」のインパクトに比べれば、どうしたって霞んでしまう。 ※1.+富田勝

筆者が“惜しい”と思うのは、人によってはこちらも「世紀の大トレード」と呼ぶ、ロッテにいた落合博満にまつわるトレード劇。落合1人を獲得するのに、中日側が4選手もロッテに譲渡したのはあまりにも有名は話だ。ところが私が過去に目を通した資料によると、中日に先立って巨人とのトレードが実現寸前のところまでいっていたのだそうな‥。交換要員として江川卓と「二枚看板」を張った西本聖、のちの20勝投手・斎藤雅樹らの名も挙がっていたらしく、ロッテが相手に巨人を選んでいたら‥‥その後の球史が変わっていた可能性すらある。


“現役バリバリ”であるという観点なら、1993年の秋山幸二佐々木誠を軸とした西武とダイエー、両球団による大型トレードは「山内×小山」にも匹敵するだろうか。しかし、落合のときもそうだが、この「複数交換」というのが、個人的にどうも好ましく思っていない。最近は特に顕著だ。伏線はもちろん、糸井にまつわるトレード劇にある。

交換相手の選手が出て行ってしまった今だから云うが、ハッキリ云って私は「不満」だった。ハムに来るからには応援したいと思ったからこれまで口にこそ出さなかったけれど、もう遠慮する必要もない。押しも押されぬ花形スター・糸井嘉男の交換相手がなぜ、2割6、7分のバッターなのだと?

‥たしかに数字には表れない部分の、故障がちな金子誠のバックアップ要員としてだとか、人格を見込んでとか、当時様々な憶測を呼んだが、糸井ほどの選手を出すのであれば、それこそ金子千尋クラスの選手を一人獲って欲しかった。二ケタ勝てる先発投手は貴重とはいえ、あの日本代表の糸井なら、もしかしたら向こうだって応じていたかもしれない。

お互いの弱点を補うための複数トレードであったのだろうが、ハムにきた他2選手はオリックスからしてみたら“外様”の選手であったし、放出にはそれほど躊躇いはなかったのではないか。‥‥本当にヘタな取引をした。正直、まだ根に持っている。糸井を出し、あげく獲得した選手に出ていかれてしまう「醜態」に対して。


先程の“妄想”の続き。糸井と金子千尋とのトレードが実現していれば‥‥それこそ「世紀の大トレード」になっていたであろう。まちがいなく平成最強だ。FAであれポスティングであれ、仮に数年で出て行かれてしまったとしても、今季の沢村賞投手にはその価値があった(大引某にも結局2年で出ていかれたし)。「山内×小山」に次ぐであろう、NPBトレード史に刻める機会を、みすみすハムは失った...

ブログランキング・にほんブログ村へ

posted by 羽夢 at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月18日

「愛」を奏でる者

職場にいる若い男の子と、お互い「KinKi Kids」が好きということで意気投合した。

ここではその同僚をA君としよう。A君がキンキの曲をやたら詳しく知っていたので、すかさず食いついた。しかし、男でキンキファンというのも珍しいし、場合によっては“そっち系”のヒトと思われる危険性があるので、とりあえず向こうの出方を探ってみた私...

羽夢 『「愛されるより愛したい」って曲、知ってる?』

A君 『先輩、当然じゃないですか。そんなん。常識ですよ』


おぉ、これはホンモノとみてよさそうだ。彼とならきっと熱いキンキ愛を語りつくせる!私の胸は自然と高鳴っていた。同曲で98という高得点を叩き出した、かつての「武勇伝」には一切の興味は示さず、近年リリースされた楽曲の素晴らしさを一気にまくし立てるA君。さすが若者!訊けば元はA君の“母親”がファンであったらしく、その事実には愕然とした。自分もそれだけ歳を重ねてしまったのか...

ドラマやバラエティといったジャンルでマルチな活躍をみせる「エンターテイナー」なふたり。それでも一番は「ミュージシャン」としてのキンキが好きということで、私たちの意見は一致した。そこであらためて、どの曲が好きだったかの議論を進めていくと、輝いた瞳で私をみつめるA君の口から出るわ出るわ、耳にしたことすらなかった曲名の数々。さすがにアルバムの中にある曲までは把握しきれていなかった‥。今回はA君の“圧勝”である。

今に見てろよ、近いうちに究極の「人間・失格」ネタを進ぜようではないか。

☆☆☆


キンキ愛ならぬ、【ファイターズ愛】を奏でたのが、正式に日ハム復帰が決定した背番号「3田中賢介。会見での“お言葉”に、うっすら感動を覚えた。
日本ハム賢介「古巣愛」二塁こだわらない ※nikkansports.com


『ここが自分の家なんだなと思った。ひとことで言うと「愛」。それしかない』


おぉ、そこまで想っていてくれたのか賢介よ!「ファンから愛される選手に‥」とかはよく訊くけれど、ファイターズというチーム自体に深い愛情を抱き、ストレートに「愛」を発信してくれた選手は、なんだか久々なような気がする。彼の人間性にもよるかもしれないが、どちらかといえばこれはファン目線の「愛」に通ずるものがある。泣かせてくれるなぁ。こういった選手は心の底から応援したくなる。

そんな賢介には、A君との会話の中で私・羽夢が推したKinKiKidsの名曲【青の時代】にある、一節の詩がピッタリだ。

おとずれる 時代の中で 小さな愛を運ぶ
限られた 時間の中で 愛の意味を知る
 


愛するファイターズ、たくさんの愛に包まれた空間「札幌ドーム」に3年ぶりのご帰還---

田中賢介選手、おかえりなさいませ! byガラスの中年





ブログランキング・にほんブログ村へ

posted by 羽夢 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月17日

ゆくる人 -2014- vol.4

今シーズン打撃3部門で自己ベストの成績を残し、1億円増の大幅アップで契約を更改。来季からはキャプテンに就任。しかも兼ねてからのメジャー志望は、しばらくは封印するという...


いわずもがな、オリックスの糸井嘉男のことである。とまぁ、ここまではハムサイドも「想定内」であった可能性はあれど、糸井を放出してまで獲得に踏み切った大引啓次に出て行かれてしまうのは、2年前の時点では正直、予想もしていなかったのではないか。なにしろ「将来の幹部候補」とまで崇められていた男。

糸井にしても大引のくだりにしても調査不足であったのは明白だし、ハムのお偉いさんがいくら何を云おうとも、所詮それは“強がり”にしか聴こえこない。トレードをまとめた人間は、本来なら責任問題を問われてもおかしくないはずだ。

‥もっとも現状のハムにオリックス並の金を払えるかと云われれば疑問符がつくし、大引だって本人の話によれば“環境”が移籍の決断に至らせたようだから一概に誰が悪いとかは云えないのだけれど、ただ確実に云えるのは、あの電撃トレードは‥‥ハムの「大敗」に終わった。‥いや、しかし木佐貫洋がいるうちは、まだそう決めつけてしまうわけにいくまいか。来季、彼が20勝くらいあげてくれれば、「一矢報いる」ことくらいはできるだろう。


糸井と同じ年である、田中賢介の復帰が決まった。田中がプロ入りした1999年のドラフトは、いわゆる「松坂フィーバー」の翌年にあたり、目玉になるような選手がいなく“不作”とも云われていたのが、蓋をあけてみれば、あの1981年生まれの選手には実に好素材が多かった。元ソフトバンクの川崎に、阪神の鳥谷。ハム関連でいえば鶴岡慎也もいた。みな、2015年に34歳を迎える世代...

糸井が来季からキャプテンを担うことは先に触れた。このベテランとまではいかない“中堅どころ”ともでいおうか、こういった選手にチームをまとめてもらうのが、やはり得策なような気がしている。いくら陽や中田が中心選手といえど、彼らはまだ20代。できるだけ自分自身のプレーや、技を磨くことの方に専念させてあげたい。重い荷物は抱えてほしくない。

40代の稲葉篤紀に、30代の金子誠・大引・小谷野が抜ける来季は、ハムにとって危機的状況だった。そこに現れてくれた、元選手会長の田中賢介。戦力としても、もちろん大きいのだが「精神的支柱」な部分で、彼の加入は本当にありがたかった。

来季のハムを陣容をみると、レギュラーは20代前半から後半までの、若い選手ばかり。勢いに乗ればとんでもない爆発力を発揮するのが“若さ”だけれど、同時にかなりの“モロさ”も持ち併せている。そんなチームを束ねるべく、酸いも甘いも知りつくした経験豊富な田中の復帰は今まさに、タイムリーな補強であった。


日ハム入りを報告する彼のブログを久々に覗いてみる。野球選手のわりに意外とツボを得た文才があって驚いた。ただ『来シーズンは北海道を日本一熱い街にしましょうね!』は、どこかでこれと似たセリフを訊いた覚えがあるのだが‥‥まあいいか(笑)

ブログランキング・にほんブログ村へ

ラベル:田中賢介
posted by 羽夢 at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月14日

「ソフトボール」

野球のことだけを考えていたい...


そう思うときがよくある。ここでかかっている「野球」とは、日ハム球団や選手に対してではなく、実際に自分が“プレイ”をすること。どうすれば速い球を投げられるようになるとか、新しい球種を増やしたいだとか、打つ方なら流し打ちをマスターしたい、球をより遠くに飛ばすには‥‥等々、ただひたすら「野球道」というものを追求してみたくなる。選手でもないくせに、そういう衝動に度々駆られるようになったのは、不思議と私が“オッサン”になってからだ。

仕事であるとか他のことは何も考えず、野球だけに没頭をするなら、やはり部活動に打ちこんでいた学生時代が良かったかもしれない。肘を“意識”した投球を心がけてみたら、格段に「球威」が増した。一々そんなことに感動を覚えていたあの頃は、今おもえばとても、とても幸せな時間だった。


不良少年たちの抗争に、「ソフトボール」で決着をつけよう---

最近発売された週刊誌にあった記事。どこまでも意気がる少年たちに手を焼いていた警察が「更生」を目的に催したものらしい。最近の警察もなかなか粋なことをする。スポーツを用いての、平和的な和解の方法。もっと世界規模でこういったことが実現するといいのに。ただ、ソフトのは片方の地区の不良グループが若干二名しか参加しなかったとか(笑)。‥やはり、現実はそうそう甘くない。


ソフトボールには想い出がある。小学生時代に、町内会で開かれたソフトボール大会。私は生まれて初めて「レギュラー」になれたのだ。少年野球では万年補欠だった私が(苦笑)。一応“管轄外”の種目ではあったが、試合に出れる歓びを感じたのは、あのときが初だ。下手っぴばかりの中で、ボールをキャッチするのに秀でていた私が任されたポジションは、ごく自然のなりゆきでファースト。試合で内野を守るのが、あれが最後の体験になろうとは...


6年後の東京五輪で、野球とソフトボールが競技種目として「復活」するかもしれない---そんな情報を耳にした。野球のWBCが開催されるようになったのも、「五輪廃止」のそれが少なからず影響しているのだろう。だから野球はまだいい。しかしソフトにはそのような大きな大会が今のところない。ソフトボールだけは何としても復活させてあげるべきだろう。

今でこそ女子プロ野球も発足されたが、私らのころはそういった場すらなく、「男のスポーツ」的な印象がまだ根強かった時代。したがって「野球熱」を持った女子は、大概ソフトボール部に所属していた。オッサン方に愛される球技も「ソフトボール部」となれば、そこは女子の聖域であったのだ。オリンピックでも野球=男子、ソフト=女子で認識されているのと一緒である。その聖域をもう侵してはならない。


PS.ソフト部にいたユウコちゃん、元気ですか
お互い年をとりましたね。あれから20年以上経った今も変わらずに、僕はファイターズを愛し続けています
いつの日か貴女と「キャッチボール」できることを、夢みて



ブログランキング・にほんブログ村へ

ラベル:ソフトボール
posted by 羽夢 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月12日

【新】外国人選手考察

フワン・ミランダをクビにした。


今季の成績が打率.227、本塁打14。一見すると、たしかに切られてもおかしくはない数字だ。でもどうなんだろう‥。このふたつの数字のわりには多い、57打点が示すように「意外性」だけでは片づけられない、勝負強さみたいなものが、カレにあった。

左投手も苦にしなかったし、もう一年くらい様子をみてあげても‥なんて云いたいところなのだけど、日ハムという球団は二軍にいる外国人選手に報酬を払えるほど、財政事情が豊かではない。まあ今となってみればすべて後の祭りであるが。


しかし、いつの頃からか外国人には金をかけなくなった。もちろん金をかければいいというわけではないし、ただ現役メジャーリーガーを連れてくればいいというものでもない。わずか1試合の登板で国に帰ったソフトバンクのペニーや今季のユーキリスが良い例だろう。

‥そうとはいえ、何年かに一度くらいはシーズンオフがその選手の話題で持ちきりになるような、心トキメク“大物”を獲得して欲しいと、思うときもある。FA選手を頑なに獲らない日ハムなのだから、せめて外国人選手には。


やはり【マーシャルの件】が相当なトラウマとなっているのだろうか。今から23年前、そんな日ハムだって「冒険」をしたことがある。メジャー148発男、マイク・マーシャルと約2億の年俸で契約を結んだ。現代でも2億といったら相当な金額だが、私は後にも先にも、カレ以上の“大物”をハムで見たことがない。マーシャルが額面どおりの活躍をしていれば、あるいはその後の助っ人の変遷もだいぶ違ったものになっていたであろう。「活躍」していたら...

なまじメジャーで名声を手にした外国人選手にありがちな、エベレスト級のプライドの高さ。仮に多少打てなくとも、楽天のアンドリューみたく、試合に出続けてくれればまだ可愛げがあるというものの、マーシャルは満足に出場もしなかった。日本人投手の多彩な変化球攻めに対応しきれなかった背景もあったにせよ、それでも球団だって高額な金を払っているのだから、本人にその気さえあれば使ってくれだだろう。‥まったく、不協和音だらけの「暗黒土橋時代」を象徴する外国人でもあった。


ここにきて、ハムが久々に“大物クラス”の助っ人を獲得するという情報が。ジェレミー・ハーミダ。初打席満塁本塁打の快挙を含む、メジャー通算65発‥‥。近年こそ活躍の場は3Aだったらしいが、「65」は、たしかに凄い。カレに一体いくら払うのか、今の段階では判らないけれど、少なくとも日ハム球団史上ではかなりの大物とみて間違いない。

個人的には来日前の「ビックネーム度」では、マーシャルの次点にしているパット・パットナム(1986〜1987)がMLB通算63本だった。実績でP砲の上をいくハーミダって、どんな選手なのだろう。さっそくお気に入りの動画サイトでカレのプレースタイルを追ってみると、誰かに似ている。こ、これは、もしや....

マイカ・ホフパワー。 打撃フォームも、打った後の姿も実によく似ている(あくまで筆者目線)。ホフィは日本で結果を残した外国人とは云い難いから、これを偶然目にしていささか不吉な予感をされた方、申し訳ない(苦笑)。気になった方は是非ご自分の目で確かめて頂ければと思う。


同時に2015年から日ハム入りする新外国人、ブランドン・レアードと、ビクター・ガラテも視てみた。まず、メジャーでの実績でははるかにハーミダより劣るレアード。カレは意外と?良いのではないか。「良い」とは漠然としているが、なんとなく打席での雰囲気がある。外国人選手特有の怖さというか、いかにも腕っぷしが強そうな感じだ。27歳、若さも魅力。あとは内野守備がアルモンテやグリーン並でないことを願うのみ。

左腕投手のガラテにも好印象。ややクセのあるフォームから投げ込まれるストレートは、常時140キロ超え。コントロールも、動画をみたかぎりでは悪くはなさそう。タイプ的には中継ぎだろうか。実質、宮西一枚だった中継ぎ左腕に、ガラテが加わってくれれば心強い。





そうそう。“元メジャー”といえば、なんでも田中賢介のハム復帰が秒読み段階であるとか。彼が帰ってくれば二塁、遊撃に中島卓也の布陣で、小谷野・大引退団の穴をそれほど感じずに済みそうだ。諸手を挙げて歓迎したい。というか、どの外国人を入れるよりも、田中の復帰こそが今オフ最大の補強になり得るような気がしてならないのだが。

誰かさんではないが‥‥ ケンスケ、帰ってこいよ!

ブログランキング・にほんブログ村へ

posted by 羽夢 at 23:30| Comment(2) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月09日

「打てる」捕手

自己ベストの打率をマークした、2013年の大野奨太


3割近いハイアベレージを残し、打撃好調にあった鶴岡に触発された部分もあったろうか。だから今季のおもわぬバットの湿りっぷりは意外だったが、キャンプ中に負った故障の影響も、微妙に尾を引いていたのかも知れない。それだけにCS期間中の「大アタリ」には誠に驚いた。

1ST、ファイナルを通じて17打数の10安打。打率にすると.588。『シーズン2割にも満たなかった(.174)奨太の中で一体なにが起こったのだ!』突如の“覚醒”ぶりに、多くのファンも自分の目を疑ったことだろう。

‥そういえば前出の鶴岡慎也も何の前触れもなく、打棒が爆発するときがあった。今回の大野もこれに近かった可能性がある。ただし、ファン・チームにとって彼が最高のタイミングで覚醒をしてくれたのは云うまでもない。その調子で2015年は打つ方でも勝利に貢献していただこう。


市川友也---。昨オフに巨人から移籍した彼は久々に出た、外様の「ヒット作」。当初は大野と近藤健介に何か起きたときのための、いわば“保険的”な意味合いで獲得したはずだ。ところが71試合にも出場し、多くの試合でスタメンマスクを被るほど、チームになくてはならない存在となってしまった。保険どころか、正捕手・大野を脅かすくらいのまでの存在感をみせ、近藤をシーズン途中から内野へコンバートする仰天プランを実現させたのも、市川の攻守にわたる活躍によるものが大きかった。

巨人時代の実績が皆無に等しかった彼の、いささか予想外の活躍は嬉しかったけれど、正直、ここまで打てる選手とは思わなかった。プロ初アーチを含む2本塁打、打率.263。出塁率は3割超え。「捕手」としては十分すぎる数字。鶴岡流出というピンチをチャンスに変え、穴を埋める以上の働きをみせた市川は、文字どおりハムの救世主となった。


☆☆☆


私も現地で観ていたが、石川亮の「プロ初打席三塁打」デビューは衝撃的だった。満塁走者一掃の3点適時打という背景も、当然それに加担しているだけれど、逆方向に強烈な打球を放っていたのが、強く印象に残っている。

今季の一軍昇格はチームの順位が確定したうえでの、体験的な部分も色濃かったのだろうが、石川亮という選手は我々が予想している以上よりも早く、真の戦力となってくれるのではないか?そんな気がしてくる。

ファームでコンスタントに安打を記録していた憶えがあり、調べてみたら最終的には打率.246、本塁打5、打点25もマークしていた。ファームとはいえ、高卒新人とすればこれはなかなか凄い数字である。試しに一年先に入団した森本龍弥、宇佐美塁大の一年目の成績と比較すると...


森本龍弥 94試合 AV.130(301-39) HR1 RBI14
宇佐美塁大 74試合 AV.130(192-25) HR0 RBI12


上記の数字でみてとれるのは、別段彼らの能力が劣っているというわけではなく、むしろ高卒野手の一年目の成績なら、大抵は皆この程度なのだ。したがって重労働の捕手を務めながら、特にホームランを5本も放ったという石川の打撃力は大いに注目すべき点なのである(今季チーム新人最多)

ファンフェスではよもやの?「JKコスプレ」をして名前を売った。‥ドラフトでは最下位の8巡目だった、“野球界の亮クン”。もしかしたら、とんだ掘り出し物を、ハムは獲得できたのかもしれない。

そんな石川が居ながら、今年のドラフトで清水優心(九州国際大付)を指名したのには少し驚いたが、なんでも彼は強肩・強打がウリの『城島二世』とも呼ばれていたそう。いやがおうにも期待はしてしまうが、「○○二世」を決して鵜呑みにしてはいけいないのは、私自身も判っている(笑)

大野と市川が元気なうちに、石川・清水両捕手が育ってくれればハムの扇の要は向こう10年盤石だ。未来は非常に、明るい。

ブログランキング・にほんブログ村へ


posted by 羽夢 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月07日

ネットとフェティシズム

村上春樹のファンを「ハルキスト」と呼ぶらしい...


ノンフィション派で普段からあまり小説の類は読まず、彼の作品に目を通したことすらないのだが、そんなにいいのか村上春樹。この“並び”なら以前タイガースにいた吉竹春樹の方が馴染み深い、プロ野球オタクな私である。


そういえば最近ちょっと困ったハルキストが、WEBサイト「Twitter」上に現れたそうな。日ハム・西川遥輝の名を語った人物。すでにTwitterに登録し、つぶやきこなしている同僚・榎下陽大の証言によって、その人物が“偽物”であることが発覚する。

しかし、しばらくツイート(つぶやき)を観察してみると、どうやら偽物はハルキストでもなさそう。つまりは西川選手のファンなどではない、という意味だ。‥筆者は彼の性格や行動パターンまでは存じていないのだけれど、Webをかじっている人間のひとりとして、偽物の“心理”ならそれとなく分析できる。


西川に成りすましてチヤホヤされたい‥といった単純なものではなく、おそらくもっと深いところにあって、自分以外の「誰かになる」ことで、ある種のフェティシズムを抱く人物。そのターゲットとして、西川遥輝という、実在するヒトが「利用」されたに過ぎないのだ。

閲覧者に何かを指摘されたのか、(自分は)『本物ですよW(`0`)W』とムキになってやり返すあたり、偽物はもう西川になった気でいる。彼でいられるうちは、つくりあげたその世界を、誰にも壊されたくないことの表れとみていいだろう。


私らの頃はインターネットなどという便利なものはなかった。したがって多くのヒトはテレビゲームの世界に自分を置き換え、投影した。あるときは大冒険の主人公となり、あるときは「昇竜拳」を繰り出す勇ましい戦士となる‥。

一大ムーブメントを巻き起こしたドラゴンクエストには『人は誰かになれる』なる、キャッチコピーを飾ったシリーズも、現実にあった。ただ、この二次元の世界はあまりに“リアル”とはかけ離れていたため、混同しなかった。というより出来なかった。


しかしネットでは誰でも、何にでもなれてしまう。性別・年令・社会的立場さえも、自由自在。今の自分の程遠いところにいる人間になりきることで、フェティシズムに似た感情を抱くのも判らなくはない。成りすました相手が曲がりなりにも「有名人」だったのは‥偽ハルキの選択ミスであるが、使い方さえ誤らなければ同様な“快感”はいくらでも味わえる。

大好きな日ハムを、英雄列伝なる大層えらそうな冠で語っている“ワタシ”という人間が存在しているのも、ココだけなのだから。


ブログランキング・にほんブログ村へ

ラベル:西川遥輝
posted by 羽夢 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月03日

I am NANCY?

「今井」と訊いて、皆さんが真っ先に連想する人物は誰だろう。

今井美樹に今井雅之‥人によっては架空業者に何度もリダイヤルする日テレの“イマイ”を挙げる方もいるかもしれない。ちなみに「今井+wiki」で検索すると、今井メロがトップで登場してきた(笑)

自分の中での今井の優先順位は、今井舞(いまい・まい)。『誰ソイツ?』なんて声も一部から聴こえてきそうだ。実のところ私も得体はよくはわからない。Web上や雑誌で芸能にかんする連載を持っているのは知っている。そう、つまり彼女は職業ライターなのだ。

今井舞に嫌悪感を抱く人は多い。たしかに対象とする人物を挑発するような、刺激的な文章がよく見受けられる。しかし「週刊文春」の愛読者である私は、そんな彼女が嫌いではない。むしろ好きだ。これはただ単に“相性”の問題だろう。なぜかあの“毒加減”が心地良い。

「今井舞」の情報を追っていると散見する、あるキーワード。それはナンシー関というコラムニストだ。私はこの方を知らなかった。「消しゴム版画家」が本職だそうだが、作家としても活動していたらしい。一度試しに著書を読んでみたら、驚くほど酷似していた。というか今井舞そのものだった...


私の中では彼女と出合ったのが先だったので、こういったニュアンスとなってしまった。訊けばナンシー関を「神」と崇め、少しでもそれにも近づこうとしていたというのだから、似ていたのは必然なのである。彼女をそこまで虜にさせたナンシー関とは、一体どのような人物だったのか?死後10年以上経過してから、私はようやく「ナンシーワールド」に魅せられるのであった。



人や事象を多角的に観察できる視点。作家・ナンシー関がいちばん優れていたのはこれに尽きただろう。たとえばバラエティ番組に出演する橋田壽賀子に対して感ずる、漠然とした違和感。そんなものも巧みに代弁してくれる。彼女の視点というのは作家だけでなく、日々ネタを探しまわっている多くのブロガー方にも参考になるべき点が多いのではないか?‥そんな気がする。


珍しく?野球界にかんするコラムを発見した。それは「超高校級」と称されるスラッガーに対して提唱した内容。いわく「超高校級」の冠に相応しい風貌をしているのは清原和博と、執筆当時巨人に入団したゴジラ松井くらいで、あとのはどうもシックリこない。久々に現れた“いかにもな”松井には「超高校級」の在り方を見直す良い機会である、と。そしても最後にこうも付け加えられていた。

プロ野球選手がみんな日ハムの西崎みたいになってしまったら困る---

ナンシー関が西崎幸広を知っていた!

なんだかとても嬉しかった。これに感激した私も今井舞同様、及ばずながらも故人の意思を引き継いで、今後執筆と向き合っていきたいと思う。


Nancy.seki.book2.jpg
にしこり?「松井秀喜」編より

ブログランキング・にほんブログ村へ

ラベル:ナンシー関
posted by 羽夢 at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月02日

人的補償に 「ロマン」を

「大引 人的補償」のキーワードで検索してみても【つば九郎が人的補償?大引&成瀬獲得で】※1のような、あまり笑えない記事しかヒットしない。

どうするつもりなのだろう。‥まあ彼はそこまで年俸が高い選手(7000万)というわけでもなかったし、おそらく人的補償の方を選択すると思うのだが、その際ハムサイドが一体誰を“指名”するのか?に、傍観者はいやがおうでも注目してしまう。


昨年の鶴岡慎也のFA移籍のときは、やはり人的補償を選び、ソフトバンクから藤岡好明を獲得した。私はこれを『つまらない』と述べた憶えがある※2。真相はこうだった。藤岡云々などではなく、『つまらない』にかかっているのは“現実路線”に走ったハムの選択に対して。『150キロ超の球速を誇る若手左腕Kや、昨今は控えに甘んじている大ベテランMを獲ってくれればいいのに』そうしたロマンを望み、語っていた。

いってみれば知名度のあるスター選手を欲する、筆者自身の、東京ハム時代からの“悪しき”名残でもあるわけだが、現実問題、今シーズン藤岡もさして戦力にならなかったのを鑑みれば、それもアリだったのではないか?と、今更ながらに思う。戦力になってくれるかどうかは別問題として、話題づくりの観点から彼らは最適だったのだ。たとえばMが「打倒ホークス」に燃えたとしたら---私以外の野球ファンの心も大いにくすぐられたに違いない。


当時、実はこういった「ウルトラC」もひそかに目論んでいた。
『もしかしたら、大隣憲司がプロテクトから外されているのでは?』


彼は若くて実績もあり、当然プロテクトされてしかるべき選手だが、近年は馬原孝浩のケースだってある。ケガと病気の違いはあれど、開幕からしばらく戦線に加われないのは大隣も確実な状況であった。ハム側が彼を指名してこないだろうというのも盛り込んだ上で、ホークスがプロテクトしない可能性もなきにしもあらず‥そう睨んでいたのだ。

そうであったとして、仮にハムが大隣を指名したら多大なリスクも背負うことになったが、それをも承知で獲得に踏み切れたとしたら、今季ハムは日本一になっていた...

もちろん現実離れした、すべて筆者の「夢想」に過ぎない。ただ、これくらいの夢やロマンを「人的補償」というものに抱いてみるのは、ファンにとっても魅力的に映るのではないか。


生憎ヤクルトの選手については詳しくは判らないけれど、「大隣的」な発想をするなら、その一番手として名前が挙がってくるのは、由規だろう。彼ならさすがに私でも知っている。かつてのドライチも、故障の影響でプロテクトされるかどうか極めて微妙な立ち位置にいるのは、正直否めないところ。しかし、今季になってようやく実戦のマウンドに上がったとも訊いた。

‥どうだろう、160キロ右腕の可能性にかけてみるのは。大谷翔平との「スピード競演」なんかも面白そうだ。夢は広がる。リストから漏れていれば是非ハムに獲得を検討してもらいたい。


とはいいつつも、昨年とはいささか状況が異なり、喉から手が出るほど今は左腕投手が欲しいだろうし、大引に加え、小谷野まで抜けてしまったのだから内野を守れる選手を、チームとしては欲しているかも知れない。そうなれば、赤川克紀(2008.D1)という線もありそうだし、よもやの今浪隆博の“出戻り”なんて線も、全くなくはないような感じもする。

人的補償を選ぶなら昨年同様、筆者は「ロマン」を取って、(あの“ロマン”投手は関係なく)とりあえず『由規推し』 とだけ、今ここに宣言しておこう。


※1.デイリースポーツ 11/30付け
※2.過去記事「ドラマをみる者、つくる者」
ブログランキング・にほんブログ村へ


ラベル:由規
posted by 羽夢 at 00:02| Comment(2) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月29日

背番号「16」物語 【印象度◎な“大物”たち】

行く行くは先発左右の両輪、片やもう一人の球のめっぽう速い方は守護神か‥‥だなんて素敵な青写真を描いていたけれど、現実はそううまくはいかないものだ。

2010年に揃ってハム入りした大卒トリオ、斎藤佑樹・乾真大・榎下陽大のこと。当時の“期待値”をおもえば、それぞれがまだプロの舞台で本領を発揮しているとは云い難い。

なかでも乾の伸び悩みは、現場サイドも誤算だったろう。「左腕」という特性を活かしてもっと出番が与えられていてもおかしくないはずなのに、ここ2年、彼の主戦場は二軍だった。三振を量産できる落差の大きい、あの縦のスライダー。最高の武器を擁しながら、ファームでくすぶり続けている要因は一体何なのか?球威不足、あるいは制球面の問題‥。素人の私に専門的な部分は判らないけれども、左腕不足にあえぐチーム状況にあって、乾が一向にあがってくる気配をみせてくれないのが、よけいにもどかしい。

ファン同様、球団も当初から相当な期待をかけていた。それがエース級の背番号、「16」を与えていたことにもよく表れている。しびれを切らした球団はとうとう「32」への“背番号降格”を、彼に告げた。『背番号で野球をやるわけではないとも思っています』と、本人は気丈に振る舞ったが、心中は当然穏やかでないだろう。この屈辱をバネに、来季は乾に意地をみせてもらいたい。


乾のあとの「16」を継ぐのは、ドライチルーキー・有原航平。やはり、今年痛めた肘の調子はあまり良くないようだけれど、焦らずに、完治させてから出てくればいい。背番号の先輩には度重なる故障を乗り越え、エースにまで上りつめた男もいる。どちらかといえば記録よりも「記憶」に残るような投手が多数いたのも、この番号の特徴。今回はそんな「16」の系譜を辿ってみた。


≪球団名が「日本ハムファイターズ」となった1974年以降。※は備考≫

1974-1976 新美敏 ※73新人王
1977-1979 宮本幸信 ※広島より移籍
1980-1985 木田勇 ※80MVP、新人王、最優秀防御率、最多勝他
1986-1990 高田博久
1991-1993 小島善博
1994 高木豊 ※横浜より移籍

1995-2007 金村曉 ※98最優秀防御率
2008-2010 多田野数人 ※07大社ドラフト1位
2011-2014 乾真大
2015- 有原航平 ※14ドラフト1位


メンツを眺めていると、なかなか錚々たる顔ぶれだ。近年では多田野数人も同番号を背負っていた。自由契約となったあとの“再入団”を果たした時につけた「65」の印象の方が、今となっては強くなってしまったけれど。

ソフトな語り口で今では評論家活動もすっかり板についてきた、金村曉。高卒3年目から早くも頭角をあらわし、1998年には最優秀防御率のタイトルを獲得した。北海道日本ハムの「初代エース」なんて肩書きを、最近お茶の間でもよく耳にする。「舌禍事件」を起こし、おそらくそれが起因して、最後は淋しくトレードに出されてしまったのは残念。でも、東京時代晩年の「16」は、唯一といってもいいほど腰を据えて観ていられる先発投手だった。


小島善博は1990年に、NTT九州からドラフト3位で入団したサウスポー。先発・中継ぎ両方で起用され、新人年に完封勝利をあげたこともある。アンダースローの高田博久を挟んで、一世を風靡した「黄金左腕」が、木田勇

記憶と記録、両面でプロ野球ファンにその名が刻みこまれている稀有な投手だ。少し前に同投手にまつわる本を読んだ。タイトルを総なめにした一年目のオフ、『銀座で豪遊をした』とある。筆者はオフにいくら年俸が上がったのか存じていないが、相当ハデにやったのだろう。あの年は“邪念”に負けてしまった‥そう述懐していた。

後年の不調はオフ期間に肉体のメンテナンスを怠ったことも確かにあろうが、いちばんは肩の「酷使」が根底にあって本人だけの問題ではないと思うのだけど。 ※参考:僕たちが愛したプロ野球 80年代パ・リーグ
 

木田同様に新人王を受賞した新美敏は、日ハムの前身でわずか一年で消滅してしまう日拓ホームの入団でインパクトはあったし、野手でただひとり身に付けた高木豊も、けっこう意表をついている。

左右のエースから魔球(遅球)の持ち主まで、個性豊かな面々の16番たち。だから来年からの有原も、アリハラのままの姿を見せてくれれば、きっと大丈夫?

ブログランキング・にほんブログ村へ

ラベル:乾真大 木田勇
posted by 羽夢 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月27日

ゆくる人 -2014- vol.3

まさか、まさかのFA移籍である。


26日、小谷野栄一(34)のオリックス入団が決まった。出場機会を求めて‥なら、森本稀哲のときとよく似ている。糸井嘉男が完全に一人立ちし、陽岱鋼も正式に外野へコンバートされた時期。彼らはドライチで球団が金をかけて獲った選手、スター性だってある。レギュラーを争う相手としてはかなり厄介だ。それなら自分を心から必要としてくれるチームでやってみたい。‥その後の糸井の活躍ぶりや陽の成長をみれば、森本の決断もあながち間違ってはいなかっただろう。

しかし、“小谷野のケース”はどうなんだ。たしかに今シーズンは本職であった三塁に、近藤健介を多く起用していた。若手選手を積極的に起用する栗山監督なら、来季も同様な使われ方をされる可能性が極めて高い。それなら自分から出ていってやる---となるのは森本と一緒なのだが、ひとつだけ大きく異なる点。それは小谷野栄一以上、もしくは匹敵するくらいの力を持った選手が今のチームにはいないということだ。

‥ハッキリいって現状の近藤であるなら攻守両面において、まだ小谷野の足元にも及ばないだろう。今シーズンだって故障さえなければ小谷野が“定位置”に居座り続けていたと思う。栗山采配と故障という要素が合わさって三塁手・近藤が誕生した。とどのつまり、近藤は小谷野からレギュラーを奪い取ったわけでも何でもないのだ。そこを履き違えていると、来季は「小谷野不在」を痛感してしまうときが、かならずやってくる。だから、今この時期での彼の流出は日ハムにとってとてつもなく痛い、と感じる。


☆☆☆


打点王を獲得した2010年だったろうか。ヤフードームで杉内俊哉から放った右翼席へのホームラン。糸を引いたような美しい弾道を鮮明に記憶している。右打者でありながら、もともと逆方向にも強い打球を飛ばせる選手だったが、打順や場面に応じて“自らを殺して”進塁打に徹しようとする姿を何度もみた。にも関わらず「ここぞ」というところで仕留めてくれる選手でもあった。小谷野を表す形容詞として相応しい「勝負強さ」はチームの中でも群を抜いていた。

タイトルホルダーとすれば決して突出した数字ではない打率.311、本塁打16という数字。それでも109の打点をたたき出した。2010年以前からも打点数は異様に多かったが、このあたりにもいかに小谷野がチャンスに強かったかを物語っている。カテゴリ「勝負強さ」なら同じ打点王を獲得した経験がある小笠原道大よりも、上を行くのではないか。ありふれた云い方をすれば、ときおり「神懸かり」さえ感じた。筆者も長いこと見てきているが、日ハム史上に残る「クラッチヒッター」といっても過言ではないだろう。

その“予兆”ともいうべき試合を、私は現地で観戦している。完封ペースできていたC・ミラバルが9回に突如崩れ、4点のリードを守りきれずに同点とされてしまった。直後の裏の攻撃でサヨナラヒットを放った試合。彼にとってこれが記念すべきプロ入り初打点。強烈なインパクトを残してくれた、プロ2年目だった頃の小谷野栄一。ライト線スレスレのところへ落とす、やはり、鮮やかな流し打ちであった...


もう数少なくなった東京戦士の生き残り。同期の鶴岡慎也も昨年FA移籍した。鶴岡は「渦中の人」となってファン感には参加しなかったと訊く。別にそれ自体に問題はないけれど、ただ小谷野は今年、チームを移ることはすでに自分の中で決めていたと思うが、参加した。最後の最後まで「ファイターズの栄ちゃん」でいてくれた。だから私も来シーズン、実際にオリックスのユニフォームを着た小谷野を目にするまで『サヨナラ』は云わない。たくさんの感動をくれた「ファイターズの栄ちゃん」の余韻に、ギリギリまで浸っていよう。


ブログランキング・にほんブログ村へ

ラベル:小谷野栄一
posted by 羽夢 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。