2016年02月08日

歌と野球、「1993」あの日

山根康広氏が奏でる「Get Along Together -愛を贈りたいから-」。あの曲こそ平成歌謡史に残る、究極の名バラードであると、自分は思う...


一回カラオケで、情感たっぷりに唄いあげた後『私、この歌キライ』なぞと、同席したコに一蹴されてしまい(歌い手が悪かったのだろう)、以来10年近くもの間、その出来事がトラウマと化して唄うのを「封印」してきた。ほんとは聴くのも唄うのも、大好きなんだけれど。

‥ようやく封印を解いた、先日の結婚式の、二次会。そういった場では俺はたいてい無難に?「世界にひとつだけの花」をチョイスするのであるが、事前にスマップを唄う輩がおったので、ここは“かぶる”のも、芸がないだろうとひとりごちて、相応しい曲をと悩んだすえに、けっきょく件の名バラードへとシフト変更したのであった。


やはり、この曲はいい。唄ってみて、あらためて‥すばらしい。自分自身に、ウットリしてしまった。『これからいつも君は一人じゃないのだから』。新郎新婦に永遠の誓い、永遠なる「愛」を贈った俺。‥‥俺にもよこせ、バカやろう。次の選曲で必死になっていないで“俺の”「Get Along Together」を‥ねぇ、みんなもうちょっとマジメに聴いて。お願いだから。


曲が流行った当時の山根氏しか存じていない人は、最近の氏を見ると、さぞ驚かれるのでないか?ホストクラブのオーナーさながらといった風体の氏を見て。‥だが、もともと「ロック」志向の強いお方ではあった。昔から見てきた俺らにとっては、それも頷けるのである。たしかに「Get Along Together」時の、甘〜いイメージを抱いていると、度肝抜かれる人はわりといらっしゃるかもしれない。


1993年。ダルビッシュ有、7歳。山根康広、27歳のとき。‥唐突だが、このご両名、8月16日で誕生日が一緒。「Get Along Together」が歌謡界を席巻した“1993”という年は、熱かった。ちなみに日本でもっともCDが売れた年は1998年だったそう。けれども、負けないくらい93年も、いろいろと熱かった。‥気候的には「冷夏」だったか。おかげで受験勉強が大いに捗った記憶もある。

夏の日1993。‥まず夏の甲子園において、筆者の地元・埼玉代表、春日部共栄高が準優勝という快挙を成し遂げた。のちに西武に行った当時二年生、土肥義弘の老獪な投球が実に印象深い。プロ野球も日本ハムが前年の5位から2位へと、まさかの大躍進。AK砲が居た黄金期の首位ライオンズに、あそこまで迫ろうとは(最終的に1ゲーム差)、誰ひとりとして予想できなかったに違いない。俺が“強い”ハムを実際に見ることができた、生まれて初めての年...


1993年のあの日、あのとき‥みんなはどこで何をしていただろうか。『これからいつも君は一人じゃないのだから』。‥この名バラードを、俺が「主役」となって歌唱する日は、一体いつになったら訪れるのだろう。あれから23年、いよいよ中年に差し掛かってきた俺は、その日をずっと待ち続けている。意外にも?豊かな“森”を蓄えている頭皮よ、まだまだGet Along Together。よろしゅう頼む。



山根の兄貴、ほんっとにしびれるゼ...


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posted by 羽夢 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 羽夢日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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