2015年10月20日

【トライアウト】 藤岡陽子

出合うべくして‥‥なんて、ヘンに神聖じみたことは云いたくないのだけれど、やっぱり、そういったのはこの世の中にはあるのかなって思う。対人にしても、ペットにしても、モノにしても‥たとえば本にしても。


藤岡陽子著【トライアウト】を読んだ。タイトルのトライアウトとは、定期的にここへ訪れてくれている方には、もはや説明不用であろう。プロ野球のそれである。例年だと来月、11月上旬頃に開催されていると記憶。まだ使えそうな掘り出し物はいないかと、球団関係者‥‥戦力外選手を取りあげた年末に放送される、TBSの番組スタッフの中には良い「ターゲット」がいないかと、当日は“人材探し”に躍起になっていることだろう。


八百長‥‥昨今世間を賑わせた、そんなドキッとするようなキーワードも登場してくる。しかし、プロ野球の話題も当然でてくるのだが、必ずしもこの本は野球人のみに向けられているのではない。いうならば様々な人のトライアウト‥人生においての「再出発」に、焦点をあてたストーリー。




球団から戦力外通告を受けた、元甲子園優勝投手・深澤翔介。そして、新聞記者の久平可南子。この男女ふたりを軸に、物語は進んでいく。トライアウトを受験した深澤の取材を始めた可南子は、実は以前にも彼と会っていた。家族にも口外することを避けてきた、ある重大な秘密を抱えており、結局それが後々まで可南子の重荷となってしまうのだが、支えはあった。一人息子、孝太の存在である。

東京で働くシングルマザーの可南子に代わって、仙台にいる祖父母に預けられていた孝太もまた、少年野球のチームに入る。運命的‥いや、本には「宿命」とあった。それこそが可南子が誰にも話すことなく伏せてきた、根源。孝太の出生にまつわる経緯や謎が、深澤と行動を共にしていくなかで、徐々に解き明かされていく...


野球のトライアウトについて書かれている書物と思って手に取ったから、少し意外な内容ではあったが、私はそうした“実録”のような本では決して味わうことのできない、感動を手にした。それは人の温もりといった部分や、人は心の持ち方次第で何度でもやり直せるということ。

可南子の父親が他界してしまう。生前は毛嫌いしていたけれど、いなくなって初めて気づく親の有難さ。可南子の妹・柚奈も父親の死によって、大きな心境の変化をもたらす。‥偶然にも筆者も先日同様に亡くし、しばらく深い喪失感の中にあったのだが、なにか久平一家と妙にリンクしてしまうところもあって、目頭が熱くなった。


そして、あの深澤。トライアウト後も獲得を求める球団からなかなか連絡が来ず、結論からいえばありがちな“美談”にはならなかった。だが、あらたな一歩を刻み始めるシーンで物語の幕は閉じている。窮すれば通ず。俺は、最後まで諦めない...

深澤をどこまでも奮い立たせているのは、母校で後輩たちに云い聞かせていた、まさにあの言葉に尽きたと思う。


『ありがとう。練習はきつくても、頑張れ。それから‥‥どんなことがあっても野球を嫌いにならないでほしい。これから先、野球を続ける奴も見る側になる奴も、野球を好きでいてくれな』


野球を嫌いにならないでほしい---
野球を好きでいてくれ---

切なる想い、心の叫び。深澤にとっての野球が、可南子にとっての孝太の存在を、これを目にしてくれた人たちは、いったい何に当てはめることができるだろう。‥‥こたえが見つかるまで、何回失敗したっていい。都度、人は這い上がってこれる。野球とはまた別の視点からの「トライアウト」を、本書を通じ、教えてもらった。


ラベル:藤岡陽子
posted by 羽夢 at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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