2015年10月02日

「運命の相手」

あぁ、あなたは「運命」を信じるかい?


何やら意味深な書き出しだが、個人的に熱をあげている某嬢に対してではなく‥さすがに今回は私が崇拝する、中嶋聡さんについて書きたいと思う。

北海道に移転したばかりのハムにやってきてから11年。気がつけば聡さんが一番輝いていた、オリックスにいたときの在籍年数と同じになった。しかし、その年数よりも、ハムでプレーすることになったもっと根本の部分に、私は不思議な縁を感じずにはいられない。


なぜなら彼に、一度フラれているから...


1997年のFA宣言時、メジャー入りを断念した聡さんの元へ熱烈なオファーを送っていたのが2球団。西武ライオンズと日ハムだった。私は絶対にハムに来てくれるものだと、確信めいたものがあった。当時、監督を務めていたのが上田利治氏で阪急ブレーブス時代の恩師。捕手出身でもある。

あの頃、確固たる正捕手がハムにはおらず、出場機会を増やせるのは誰の目が見ても明らかで、何より西武には伊東勤という、球界を代表する捕手がどっかり鎮座している。‥いくつものシグナルが、聡さんの「日ハム入り」を導いているように、自分には思えた。

ところが、蓋をあけてみると、まさかの西武。「上田さんからの誘いを袖にするのか」 「一体向こうにいくら金をつまれたんだ」などと、まだ青かった自分には落胆よりも、どちらかといえば憤怒の感情の方が勝っていたかもしれない。だから西武にいた数年間、所詮「二番手」どまりであった彼を、鼻で笑ってみていた。『ハムにきていれば、もっと試合に出れたのに』 そう意地わるく...


その一度はフラれた「恋人」がやってきて、まして一度は嫌悪もした「恋人」との別れの日を、これほど哀しむときがやってくるなんて、人の縁というやつは本当に分からない。半ば横浜を戦力外のような形になり、ちょうどハムが移転した直後で経験豊かなベテラン選手を欲していた‥‥タイミングの部分もあっただろう。

しかし、この切っても切れない‥めぐり合うべくして巡り会ったと考えるならば、ハムと聡さんは、やはり運命的に結ばれていた可能性がある。30代後半から、11年もの長きにわたって野球を続けてこられたは、きっとハムだったからこそではないか。肉体や精神の部分を超越した、運命がもたらす神の領域‥‥。何か今はそんなふうに思えてならない。


29年という長い、長い歳月。29年前、筆者はまだ小学生。聡さんがプロ入りしたときのドラフト会議。調べてみたら、ハムのドライチは西崎幸広だった。あれから本当に色々なことがあった。若き日のイチローや松坂大輔がスクリーンに映し出される‥。1日の引退セレモニーを観ていたら、世代がすっぽり当てはまる筆者も、腹の底から込み上げてくるものがあった。あの編集は反則的だ。

長年クローザー不在に泣かされてきた球団にとって、マイケル中村の飛躍は嬉しかった。2006年からのリーグ連覇は守護神・マイケルの存在なくしては考えられない。よくバッテリーを組んでいた武田久ふくめ、彼らの成長の手助けを一役担った聡さんこそが、のちに常勝軍団の礎をつくった「守」における、最大の功労者なのではないだろうか---

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ラベル:中嶋聡
posted by 羽夢 at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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