2015年07月28日

古き良き、あぁ昭和プロ野球‥

『俺にはあんたの懺悔に聞こえたよ』


これは筆者も大好きな俳優の山崎努さんがドラマの中で口にしたセリフなのだが、つい先日‥シンクロしてしまう一幕があった。

日ハムが今季着用するレジェンドユニフォームがメディア向けに初公開された日。そこに“モデル”として登壇した柏原純一氏が『このユニフォームを着てジャイアンツと戦った日本シリーズでは、アッという間に負けてしまった記憶しか残っていない』といった旨の発言をされていたらしい。‥らしいとは、私もこれを翌日のスポーツ新聞、すなわち活字で目を通しただけなのであるが。

全盛時代の江川卓から2本の本塁打を放つなど、1981年の「後楽園決戦」において“大当たり”した、日ハムの中では数少ない打者であった柏原氏。そんな選手を責める理由など、本来ならどこにもないはずなのだが、あの‥たったひとつのミスを、シリーズ敗退の要因として挙げる方も、中にはいる。


ハムの2勝1敗で迎えた第4戦。1点ビハインドの7回裏、走者を一塁に置いていた場面でそれは起こった。投手の巧みな牽制によって誘い出された走者を、一塁を守っていた柏原氏が二塁へ深追いしすぎてしまったために、生かしてしまう。結果的にこの判断ミスが大量失点へと繋がり、ひいてはシリーズ全体の流れすら巨人の方に傾いた‥というのが、事の経緯である。

「もし、あそこでランナーをアウトに出来ていたら‥」 ファンならずとも“当事者”である柏原氏が、30年以上経った今なお悔いていても、それほど不思議ではない。


ずいぶん古い話をしてしまった。すっかり遅くなったが、先週触れたとおり「週刊ベースボール」の感想に移ろう。今月14日に心不全で亡くなられた高橋一三氏の追悼コラムがあった。なんといってもV9時代の左腕エース。そして胴上げ投手9度を誇る、元祖“持ってる”男...



2015.8/3号

張本との世紀の大トレードによってやってきたハム時代。くだんの日本シリーズでは第一戦に先発登板し、好投を展開した。当時のプロ野球ファンなら、もうこれだけでゾクゾクしただろう。カズミが古巣の巨人相手に、後楽園球場で投げる‥‥トレードがもたらしてくれた「ドラマ」としか云いようがない。投手コーチ時代はハムの若手投手もかなり世話になったようだ。カズミさんのご冥福を祈りたい。


同じ巨人絡みでは、少し前のものになるが【おんりぃ・いえすたでぃ】という企画の中にあった「二本柱」特集。巨人軍が強かった頃には必ず先発二本柱が存在していたという記事だったのだが、これがなかなかに興味深かった。とりわけピックアップされていたのが江川卓と西本聖、両右腕エース。

同じ時(とき)に、あれだけ拮抗した高次元での成績を残した投手が二名もいるというのは、たしかに珍しい。V9時代には、高橋一三と堀内恒夫の二本柱がいた。しかし、該当年の両者の数字を照らし合わせてみると、どちらか一方の投手が好成績をあげた年に、もう片方が不調であったり、かならずしも「両エース」といった認識は、実は当時のGファンにもそれほどなかったのではないか。好投手が同時期にいたこと自体は確かな事実であるけれど。

その点、江川・西本コンビはまさしくエースに相応しい数字を、時を同じくしてあげている。この成績を眺めているだけで、チーム内で好敵手として競い合っていたの様が如実に浮かびあがってくる。こんな“究極”の「二本柱」を確立したチームは、後にも先にも日本球界ではなかったのではないか。

私の中では西崎幸広と阿波野秀幸が同一チームにいるごとくの感覚。‥これまた古〜い昭和の話で申し訳ない。

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posted by 羽夢 at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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