2015年07月23日

「発信」の仕方もプロであれ

“少年A”が書いた「絶歌」を読んだ人はおられるだろうか...


以前、週刊誌上で組まれた特集において『「絶歌」は舌禍である』そう力説する論者がいた。うまいこと云うなあと思った。私は本を出すこと自体は悪いとは思っていない。類似の本はこれまでも数多く出版されてきているし、冒頭の文章を読むからに、かなり文才の持ち主であるとも、著者に感じたからだ。

しかし、筋は通さなければならない。遺族の許可を得ず、想いをないがしろにして強行出版に至ったのではダメだ。遺族が『二度殺された』と思うのも、当然のなりゆきだったろう。これについては目先の利益を優先させたにちがいない、太田出版側に大きな責任がある。

元少年Aに苦言を呈するとすれば‥‥中森明菜のヒット曲ではあるまいし、やはり、本名で執筆すべきだったのではなかろうか。相応の覚悟を持ち合わせていなかったのなら、本なんか出すべきではなかった、と云われても仕方がない。


「言論の自由」とはいえ、趣旨はまったく異なるのだけれど、ある選手の発言には私は耳を疑った。誰とは云わないが、アウトカウントを間違えた選手...

三連戦の初戦で、あのワンプレーがのちのちまで暗い影を落としてしまったのは、たしかな事実である。が、それについて私は責めたくない。ミスや勘違いをすることは、人間なら誰にだって起こり得るのだから。大切なのは二度同じ過ちを犯さないこと。‥おそらくあの手の凡ミスをしたのは、今回が初めてだったろうし。いい教訓になったと思えばいい。その後口にしたとされる彼の発言の方に、いささか問題アリだ。


『準備不足。試合に出るに値しないし、試合に出ている方がおかしい』

たしかにそうだったのかもしれない。ただ、これを本人が云ってしまってはダメだろう。試合に出るに値しない?打撃好調な選手が他にもベンチにいるのにもかかわらず、出場させてもらっている。‥それらの選手に対しても失礼だし、試合に出ている方がおかしいと云ってしまっては「最善の策」として起用している監督にも無礼だ。

「試合に出る資格がない」だなんて、主以外誰も思っていないし、そもそもミスをした後にこのような発言をされては、子供がいじけてるようで、なんだかみっともない。プロとして、かっこわるい‥。ミスをしたってもっと堂々としていればいい。反省はしても。“後ろ向き”な姿勢しか伝わってこない、件の発言には少しガッカリしてしまった。

仮に長年みてきた金子誠氏なら、おそらくこうであったような気がする。『すべて自分のミス。申しわけない。次の試合でかならず取り返したい』。

次戦であえてスタメン起用したのも、そんな想いに監督もかけてみたかったのだろう。佳境を迎えてきた高校野球の地方予選とちがい、プロ野球ではミスを挽回できる機会はいくらだって残されている。“いじけてる”暇は、彼が今身を置いている世界にはないはずなのだ。

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posted by 羽夢 at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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