2015年06月06日

阪神球団でリスペクトする、唯一のこと

あるいは彼がをどれほど有名なのか、私は知らないから、云えるのかもしれない。


札幌ドームに木霊する、ファイターズ讃歌。‥地元ならまだいい。ビジターで流れる“アレ”が、たまらなく恥ずかしく感じてしまうのは、自分だけだろうか。

唄い手云々よりも、あの「酔っ払い」のような“唄い方”が、どうも引っかかる。せっかくの名曲が正直、台無しとさえ思う。某所で幾度かこの種の発言をしたことがあったが、あまり賛同は得られなかった。おそらく唄い手が愛されているのだろう。初めて道内ハムファンとの間で薄い壁を感じた瞬間だった。


そもそもどうして球団歌(厳密にいえばラッキーイニングに流す曲)をコロコロ変えるのか。歌詞にもある「一筋」にはなれないのか---

北海道移転後、日ハム球団の“迷走”っぷりが際立つ。東京にいた頃はいつだって「ファイターズ讃歌」だけであったのに。ようやく元に戻したらと思ったらあの様だ。だから今回にかんしていうと、妙なアレンジを加えるなということ。


理想は「六甲おろし」だ。もう何十年も、“あのまま”唄われ続けている。大観衆が大合唱しているのをみると、ファンでもなくとも鳥肌が立つ。あぁ、球団だけでなく応援歌も愛されているのだなと。変わらずにいたから、世代を越えて誰でも口ずさむことができる。そして、リスペクトされる。「六甲おろし」ほどではなくとも、巨人や中日といった伝統ある球団の応援歌は、大抵みんなそうだ。

新興の楽天球団のも、最初はいやに古臭い感じがしてどうかなと思ったけれど、今になって思うと『狙いどおり』だったのではないか。要は端から「六甲おろし」ようなものを目指していた‥‥。現実に発足から10年経った現在も、当時のまま。おかげで“現バージョンの”ファイターズ讃歌よりも、よほどあの歌の方がなにか重厚な印象も受ける。


日ハムにもあれほどの名曲があるのにもったいない。‥もちろん「大人の事情」があって、かつて流されていたものが使いにくくなっていることも知っているが、それにしてもだ。昭和時代から続く、本当に歴史ある応援歌なのだから。ヒトによって受け取り方は様々だが、いずれにせよ軽々しいものであってほしくないというのが、私自身の本音のところだ。



“敵ながら”貴方たちは素晴らしいと思います...


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posted by 羽夢 at 23:25| Comment(4) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いえいえいえ、別に彼はさほど人気があるわけでもなく、私のまわりでは、彼の歌う『ファイターズ賛歌』は不評です。球団としては道出身者を使い北海道色を出したいんでしょうけど。他にもいるだろうと思いますがお金の関係かもあるでしょうし、◯TVさんが彼を第2の◯泉洋にしたいんでしょうね。
Posted by しょうこ at 2015年06月07日 05:42
>しょうこさん

決して音楽の専門家ではない筆者の主張も、あながち見当ちがいではなかったようで、少しホッとしました。O泉さんですか、判りやすい喩えをされますね。なるほど、北海道出身ですか‥。

本文にもありますけど、以前唄われていたHさんのバージョンが本当に秀逸だったんです。きっとご存知でしょうね。私はあれが好きで好きで。したがって個人的な感情も、今回にかんしては多分に含まれているのだと思います。
Posted by 羽夢 at 2015年06月07日 10:09
東京時代の讃歌をレジェンドシリーズで拝聴し「やはりしっくりくる」と思った次第

催しのみで復活させる事で(過去の遺物)とカテゴライズしようとする、破壊と創造全是な球団の姿勢が悲しい
Posted by タツマキ at 2015年06月30日 20:52
>タツマキさん

このようなメッセージを頂いたのは初めて、かもしれません。
好っきやなぁ。何か文学的な匂いがします。特に後半のくだり。好っきやなぁ‥‥
Posted by 羽夢 at 2015年07月01日 19:55
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