2015年01月17日

「1995」

阪神・淡路大震災から20年...


あの日の早朝、学校へ向かう支度をしながらNHKラジオを聴いていたとき、地震の第一報が入ってきたのは、今でも鮮明に記憶している。地震大国、日本。だから当初は私もごくありふれたものかと思っていたら、今回のはかなり規模が大きいらしい。たいへん慌てた様子のアナウンサーがそれを如実に語っていた。

1995年という年月をリアルタイムで過ごされた日本国民は、大層不安に苛まれたのではないか。巨大地震の衝撃とショック。復興に向けて皆が前を向いていこう‥‥その矢先だった3月に、今度は都心の地下鉄を狙ったテロが起きる。これから先、一体どうなってしまうのだろう。日本は深い闇の中にいた。

思春期真っただ中にいた当時の私には、連日刺激の強すぎる事柄を伝える報道番組ばかり。あの年ほど「ベースボール」に救われた年はなかった。野球が日本に希望を灯してくれた、1995年...

若き日のイチローが「神戸の星」となり、復興のシンボルともなったオリックス球団の初優勝に貢献。チームの垣根を越えて、同球団を応援していた野球ファンは多かった。それと最大のトピックはなんといっても、メジャーリーグで「トルネード旋風」を巻き起こしたドジャース・野茂英雄の存在だろう。これまでの常識を覆す、多くの人たちが“無謀”とも感じていた、海の向こうでの闘い。だが、そこでも結果を残してしまう、ブラウン管に映るNOMOが本当に眩しかった。


私が愛した日ハムは、残念ながら4位という成績に終わったが、新任の上田利治監督が必死になって種を巻こうとしていた。その証拠に1995年に1軍デビューを果たした選手が数多くいる。井出竜也に上田佳範、西浦克拓に金村暁‥。まだ少なかった東京のハムファンは日に日に逞しくなってゆく、彼らに希望を託した。彼らが日ハムを変えてくれる、そしていつの日か、きっとチームを優勝へと導いてくれる---

個人的にはシーズン途中に突如現れた、怪力・ブリトーの印象が色濃い。オリックスがイチローなら、うちはブリトーだ。2試合連続で2発を放ったときがあったが、たしかあれは遠征先の北海道で行われたロッテ戦。記者の『北海道が好きなのか?』の問いに、『北海道も何も俺が今、日本のどこにいるのかすら分からないよ』といった種の発言をし、笑えた。ジャパンマネーで建てた、祖国ドミニカの豪邸に、君は今も住んでいるのかい?


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posted by 羽夢 at 11:05| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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