2014年12月21日

「世紀の大トレード」

今週発売した週刊ベースボール(2014年 12/29号)に、なかなか興味深い記述があった。


NPBにおける過去に敢行されたトレードについて述べた記事があり、今ちょっと手元にないので引用はできないのだが「世紀のトレード」と呼べる交換劇は、1963年の大毎・山内一弘と阪神・小山正明の一例だけなのではないか---そういった内容。

‥これを読んで『あぁなるほどな』 と。筆者は当時まだこの世にはいなかったけれど、両者のデータをあらためて追ってみれば4番打者(33本塁打86打点)とエース(14勝で勝ち頭)同士のトレードである。世間に与えたインパクトの大きさは相当なものだっただろう。これこそ確かに「世紀のトレード」と呼ぶに相応しいのかも知れない。


主力選手同士の交換はあれど、どちらかが現役生活晩年を迎えた選手であったりするのが大多数だ。記事にもあった張本勲(日本ハム)の高橋一三(巨人)※1のトレードも、すでに選手としての“盛り”が過ぎていた頃。移籍前年、打率3割が常連だった張本は2割7分台に終わっていたし、高橋一にいたっては6勝止まりであった(張本は巨人で「復活」をしたが)。ビックネーム度では負けていないけれど「山内×小山」のインパクトに比べれば、どうしたって霞んでしまう。 ※1.+富田勝

筆者が“惜しい”と思うのは、人によってはこちらも「世紀の大トレード」と呼ぶ、ロッテにいた落合博満にまつわるトレード劇。落合1人を獲得するのに、中日側が4選手もロッテに譲渡したのはあまりにも有名は話だ。ところが私が過去に目を通した資料によると、中日に先立って巨人とのトレードが実現寸前のところまでいっていたのだそうな‥。交換要員として江川卓と「二枚看板」を張った西本聖、のちの20勝投手・斎藤雅樹らの名も挙がっていたらしく、ロッテが相手に巨人を選んでいたら‥‥その後の球史が変わっていた可能性すらある。


“現役バリバリ”であるという観点なら、1993年の秋山幸二佐々木誠を軸とした西武とダイエー、両球団による大型トレードは「山内×小山」にも匹敵するだろうか。しかし、落合のときもそうだが、この「複数交換」というのが、個人的にどうも好ましく思っていない。最近は特に顕著だ。伏線はもちろん、糸井にまつわるトレード劇にある。

交換相手の選手が出て行ってしまった今だから云うが、ハッキリ云って私は「不満」だった。ハムに来るからには応援したいと思ったからこれまで口にこそ出さなかったけれど、もう遠慮する必要もない。押しも押されぬ花形スター・糸井嘉男の交換相手がなぜ、2割6、7分のバッターなのだと?

‥たしかに数字には表れない部分の、故障がちな金子誠のバックアップ要員としてだとか、人格を見込んでとか、当時様々な憶測を呼んだが、糸井ほどの選手を出すのであれば、それこそ金子千尋クラスの選手を一人獲って欲しかった。二ケタ勝てる先発投手は貴重とはいえ、あの日本代表の糸井なら、もしかしたら向こうだって応じていたかもしれない。

お互いの弱点を補うための複数トレードであったのだろうが、ハムにきた他2選手はオリックスからしてみたら“外様”の選手であったし、放出にはそれほど躊躇いはなかったのではないか。‥‥本当にヘタな取引をした。正直、まだ根に持っている。糸井を出し、あげく獲得した選手に出ていかれてしまう「醜態」に対して。


先程の“妄想”の続き。糸井と金子千尋とのトレードが実現していれば‥‥それこそ「世紀の大トレード」になっていたであろう。まちがいなく平成最強だ。FAであれポスティングであれ、仮に数年で出て行かれてしまったとしても、今季の沢村賞投手にはその価値があった(大引某にも結局2年で出ていかれたし)。「山内×小山」に次ぐであろう、NPBトレード史に刻める機会を、みすみすハムは失った...

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posted by 羽夢 at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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