2014年09月26日

「初タイトル」

オリックスに逆マジックが点灯...


残り試合の関係で2位チームにマジックがついてしまったわけでだけど、同様な“現象”が起きたのは1998年以来16年ぶりの珍事なのだとか。

‥忘れもしない。その時の首位がハムだった。後半戦16勝35敗2引分け。前半でつくった20の貯金をものの見事に使いきって、ジ・エンド。まだ優勝の可能性もあったのに、2位西武との決戦(ダブルヘッダー)にもあっさりと敗れ去った日には、怒りで震えた。あんな天国と地獄のようなシーズンを経験をしたのは、少なくともここ20年くらいではうちだけだろう。

当時は金子誠が二塁を守り、肘の状態が芳しくなかった田中幸雄が一塁に回った。ビックバン打線の切り込み隊長。1990年にも一番を打っていたけれど、あの頃は中距離ヒッター的な色合いが濃かった。ホームランバッターへと変貌を遂げていた、さらにいかつくなった8年後の田中幸が一番を打っていたのは、まさにビックバンの“象徴”といってよかった。


その球団史に残るスターに今シーズン、背番号「6」を受け継いだ中田翔が肩を並べようとしている。25日の千葉ロッテ戦で3打点をあげて、トータル98打点とし、初の打撃タイトル獲得が視界に入ってきた。

足のケガもあり、2014シーズンはそこまで状態が良いとは思えなかった満身創痍の主砲。だが、きっとこれも休まず出続けてきた、努力の賜物なのだろう。ただでさえ故障者が続出したチームにあって、しかも4番打者という重責を終始担いながらというのに、プレイスレスな価値があった。


田中幸雄が打点王を獲得したのがプロ10年目の1995年。もう20年近くも前の出来事‥。最終戦で打点をあげてタイトルを確定させた試合を現地で観戦していた。直前に広瀬哲朗が3塁打を狙って、ヘッドスライディングを敢行。同僚の初タイトルをアシストしようと、必死だった姿を思いだす。10月始めの、少し肌寒くなった当時の西武球場...

Bクラスの常連だったハムに、秋口のファンの興味は選手個々の栄誉にしか注がれなかった。今はプレーオフも狙える位置にあり、チームとしての愉しみもある。一刻もはやく3位以上を決めて、打点王・中田の誕生を心の底から喜びたい。

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posted by 羽夢 at 09:11| Comment(2) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
羽夢さんお疲れ様です。1998年は僕がファイターズを好きになった年でした。あの頃はウィルソンや西浦や片岡や幸雄さんがよくホームランを打ち奈良原や金子誠が巧打でチャンスメークをして2桁得点が多かったのを覚えています。あの年の大失速は本当に残念でしたね。やはり優勝経験が乏しかったからプレッシャーに弱かったのでしょう。その時の優勝は西武でしたよね。ファイターズは1982年のプレーオフで西武に敗れて以来、西武には何かと煮え湯を飲まされていると思います。それを証拠に過去4回あった西武とのプレーオフ・クライマックスシリーズでは一度も西武に勝っていませんから。来年は西武とクライマックスで対戦して西武を破って新しい歴史を作って欲しいです。
Posted by 東京のキャロット at 2014年10月04日 01:15
>東京のキャロットさん

2日の西武ドームで行われた試合、行って参りました‥。東京のキャロットさんも以前言われていたように、あそこではひと波乱ふた波乱起こりますね(苦笑)。順位が確定していたとはいえ、7点差をひっくり返されての試合には心底ガッカリでした。

1998年はねぇ‥。前々年にも後半に逆転Vを許して、その経験を生かしてくれると思ったのですが‥。二塁マック、遊撃奈良原さんの布陣、よかったですね。私も大好きでした。京セラで始まるCSも、ファイターズナインとともに戦って参りましょう。
Posted by 羽夢 at 2014年10月04日 10:10
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