2014年09月12日

男の花道 ≪紙面より≫

稲葉篤紀、東京ラストゲーム...


デビュー戦でプロ初安打、「伝統の一戦」で幾多の激闘を繰り広げてきた新庄剛志なら、なんとなく判ります。しかし、同じ東京都にある神宮球場をホームに置く球団に長年いたとはいえ、“ビジター”の東京ドームにそれほど思い入れがあったとは‥正直思ってもみませんでした。



‥なるほどねぇ。あの頃ってたしかに毎試合全国ネットで巨人戦が放映されていたし、今よりも目の色を変えて対巨人戦に臨む選手が多かった気もします。

個人的によく憶えている“GS戦”は、開幕戦で小早川毅彦さんが3打席連続ホームランを放った、「野村再生工場」の真骨頂ともいうべき試合。本当に鮮烈すぎました。‥おもえばあの空間に、篤紀様もいらっしゃったのですね。ブロスさん、お元気ですか?

それからホークスファンの皆さま。当日はファイターズファンと一緒になって「稲葉ジャンプ」をしてくださり、誠にありがとうございます。篤紀様の涙の理由(わけ)のひとつには、ああした“サプライズ”もあったからだと思われます。おかげであなた方のことが、ちょっと好きになりそうでした(笑)。CSでもどうぞ、お手柔らかにお願いいたします。


私も東京ドームに駆けつけました。真ん中の試合でファイターズが敗れた試合‥‥。他の2試合は投打の歯車がかみ合った理想的なゲームだったのにね。さらに当日は試合前に台風なみの大雨が降っていてズブ濡れとなり、帰りはハムのレプリカユニフォームを着て西武線に乗り込むというツワモノぶりを発揮。

お疲れなサラリーマンの方々から、いささか白い目で見られていたのは云うまでもありません。ただ、篤紀様がスタメン出場してくださって3回も“跳ぶ”ことができました。あの日観戦したすべてのファイターズファンを救ってくれた背番号「41」に感謝、感謝です。


その日のことで語ってみたいことはもっとたくさんあるのですが、私のことはもう良いでしょう。次は篤紀様と同じく、2014年をもって現役を退くことを決断なさった坪井智哉様の記事。

坪井智哉氏タテジマユニで甲子園始球式 ※nikkansports

この方のシュアなバッティングが好きでねぇ‥。流し打ちを決めたときの姿が実にお美しいこと!彼に魅了された人間のうちのひとりです。そういえば“坊主っくり”だった頭も『球児みたいでかわいい』と、うちの父もまるで我が子のように気にいっておりました(笑)

2003年度版のクリーンナップ、3番・小笠原道大(AV.360 HR31 RBI100)4番・エチェバリア(AV.275 HR31 RBI84)5番・坪井智哉(AV.330 HR5 RBI40)は、セギノールと篤紀様が入った2006年度版のものと甲乙つけがたいくらい、「最強」クラスだったのではないでしょうか。私なんか今でも3名の3部門の数字を暗記しているほどです。


2度目の退団をされるときは縁がありませんでしたけど、ファンにも愛された選手でしたし、いつか後進の指導に当たって頂きたい。もし、その暁の監督が稲葉篤紀だったりしたら‥‥道産子にはもう、感涙モノでしょうねぇ(笑)


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posted by 羽夢 at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 羽夢日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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