2014年06月14日

惚れる男

いつまでも独身貴族(?)をつらぬき通し、この前はピンクがどうたらなんて書いていたものだから、一層“あっち系”の人なのではないかと疑念を持たれる前に云っておくが、私はいたって「ノーマル」である。‥‥胸をはって宣言することもないんだけれど。


『なら、どうして一人でいるの?』 今回はそんな読者の素朴な疑問にお答えしてみよう。


他国と比べ、条件が厳しいともされる日本女子たちのお眼鏡に、お前がかなってないだけだろ?‥‥うん、それもある。痛いところを突かれたが、私の場合、外的な要因よりもメンタルな部分が大きい。端的にいうと「人を愛すことに疲れてしまったから」。なんか野島伸司とかのドラマに出てきそうなセリフである。

自分から動かないことに変わりはないけれど、流行りの“草食系”の種とはまた違う。要は人をより好きになろうと努力をしたり、一時的に交際したとしても、デートや体を重ねたりといった一連の恋愛プロセスを経るのが億劫になってしまったのだ。大抵は結婚後に陥るであろう現象であって、家庭を持つ前からこんなでは致命的ともいえる。


負のスパイラルを断ち切るには、なにか劇的なショック療法を試みるのが一番なのかもしれない。自分とはまるで真逆なピチピチしたプリチーなギャルと付き合って刺激をもらうか、あるいはいっそ、同性を迎え入れてみるとか‥‥。あぁ土曜の昼下がりに、私(35)は一体何を綴っているのだろう。


実は今、ひとりの男に「再注目」している。野球界のカズこと、多田野数人(34)投手だ。この流れで彼の話をするのもどうかと思ったのだけれど。でも『タダノって凄いなぁ』とあらためて感じたのが、12日の巨人戦。

中盤以降は守乱・投壊で一方的な試合展開となってしまった。そんな折、たまたま某SNSを覗いてみると、意気消沈しているファンが多くいた一方で、『最後に多田野を見れてよかった』 『来た甲斐があった』などといったポジティブな書き込みも、結構見受けられたのだ。登場によってスタンドを沸かせたり感動を与えてくれるのは、今いる日ハムの投手だと、おそらく多田野と斎藤佑樹くらいではないか。


‥私だってちゃんとわかってる。みんながスカイツリーボールを見たいのは(笑)。ただ、「多投」してほしくはないというのが本音のところだ。あのボールはたま〜に見られるから希少性があっていいのだし、本人も打ちとろうとしてる投げているのではなく、試合の流れの中で何かを感じ取ったときに、満を持して繰り出しているはず。だから運悪くその日“目撃”できなかったとしても、どうか気を落とさないでほしい。

暦が長くなった最近では“来そうな”タイミングというのがなんとなく読めるようになってきた。以下の要件を満たしているシーンではその確率がグッと高まり、「フワッ」とした独特な軌道を描くボールに、約2万人の視線が釘づけとなる。


1当然走者がいないとき
2外国人など、強打者が相手のとき
3カウントを不利にしていないとき


スローボールというよりも、ファンを喜ばせる姿勢だったり、ワクワクさせる雰囲気だったり‥もはやその存在自体が「唯一無二」といっていいだろう。本当に男も惚れそうになるくらい、多田野だけの魅力があるのだ。



多田野に軍配?

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ラベル:多田野数人
posted by 羽夢 at 12:08| Comment(4) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
羽夢さんお疲れ様です。
僕の惚れた男は昔ファイターズにいた建山義紀投手と坂元弥太郎投手でした。この2人は先発投手が早々に崩れた時によく投げましたよね。
特に印象に残っているのは2008年9月10日(水曜日)西武ドームの西武戦で6ー0で勝っている時先発の西武ドームが苦手の武田勝投手がホームランなどをくらい4点取られてまずい展開になった時、武田勝投手に代わって投げた坂元弥太郎投手が3イニング位無失点に抑え、2点リードのまま建山義紀投手が8回を無失点に抑えて勝った試合が今でも印象に残っています。
ちなみにこの年は本来なら8回を投げる武田久投手が不調で特に西武戦で救援失敗が目立ったのを今でも覚えています。西武ドームはフェンスが低くて狭いから投手には不利な球場ですよね。よくカブレラや和田や中島やGG佐藤にホームランを打たれていましたよね。逆にビッグバン打線の頃は田中幸雄さんや片岡篤史や小笠原道大やオバンドーやセギノールがよくホームランを打っていたのを覚えています。東京ドームの日ハム対近鉄戦の次に西武ドームの西武対日ハム戦は乱打戦になっていたのを覚えています。
Posted by 東京のキャロット at 2014年06月16日 18:19
>東京のキャロットさん

その試合は憶えてませんでした。坂元投手とは懐かしいですね。浦和学院時代に甲子園で「伝説」をつくられたのお方なので、トレードでハムに来たときは個人的に喜んでいたのは記憶しています。

はいはい、2008年の8〜9月頃って確かに武田久投手の調子がよくなかったですね。あの時期の乱調のせいで防御率も4点台にまで跳ね上がってしまいました。そんな時、坂元投手や建山投手がカバーしてくれていたということですか。そういえば当時の坂元は今でいう、谷元のような“ポジション”でしたよね。
Posted by 羽夢 at 2014年06月16日 23:43
はじめまして。
多田野、独身貴族、同性を迎え入れる
のワードに惹かれてこちらに来ました。
多田野数人投手、私も大好きです。男前で誠実で落ち着いた天然気味な言動、チームメイト想いの真摯で面倒見のよい立ち振舞い、そして何よりあのせっかち牽制とスローボール!
日ハムを退団して石川に行きましたが、彼は球界のスーパースターです。彼のファンの間では、メジャーが生んだスローボールの王者と呼ばれています。
日ハムが北海道に移転してからのスター選手を数えると、
第一期(03〜07年)は稲葉、新庄、ダル、中嶋、ヒチョリ(北海道に定着させた球場のスター)
第二期(08〜12年)は多田野、糸井、小谷野、武田勝、中田(野球中継やFFFFFをネット動画に普及させたネットのスター)
第三期(13年〜)は谷口、大谷、上沢(北ハムが生んだ新生スター)
という感じでしょうか。そして多田野さんが出てる動画は本当に多い。ヒロイン、FFFFF、スローボール動画、日本シリーズ(の危険球退場)、石川の入団会見、石川のイベント、甲子園、ほぼ全てのイベントがファンにより撮影されてネットに出回って沢山コメントがつきます。
多田野さんは球界ネット界のスーパースターです。また、NPBに戻ってきてくれることを願うばかりです。球場が一体となって歓声が湧き上がるスローボールが見たいです。
Posted by 啓三郎 at 2016年03月25日 00:13
>啓三郎様

初めまして。多田野投手のファンでしょうか。同投手を通じ、このサイトを訪問をしてくれたなら、これほど嬉しいことはありません。ありがとうございます。併せてファイターズファンでもありましたら、このサイトもまだまだファンの方々に浸透していない証拠ですね(笑)。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

昨年北海道の球児が多田野さんを彷彿とさせるスローボールを投じて話題になったことがありましたよね。そのとき、久々「スカイツリーボール」の思い出話が、ネットのアチコチで散見できて嬉しくなってしまった記憶があります。

ロッテキラーでもあった多田野さん。終盤近くまでノーヒット・ノーランに抑えていた試合が2回もありましたっけ。決して忘れませんよ、私も多田野さんの雄姿を。
Posted by 羽夢 at 2016年03月25日 22:47
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