2014年05月25日

「連番」と、「埼玉愛」...

南海ホークスでは同時期に「山内」という選手が3名いた。3人とも投手で、和宏がエースナンバーの18、かつて野村克也氏も背負っていた19を孝徳、20を巨人から移籍してきた新一‥といった具合に、山内姓の“連番”が続いたのである。

‥別に、トリビアを披露したいわけでもなく、少しオールドなプロ野球ファンなら有名な話なので存じていたと思うが、ここでピックアップしたいのは「連番」。2005年に“完成”した、あの連番は、我々ファンに大いなる夢を抱かせてくれた。


11にダルビッシュ有、12に鎌倉健、13には左腕の須永英輝‥。いずれも甲子園で名を馳せた経験もある投手たちだ。先述の南海のごとくシャレを利かしたのではなくて、単に“偶然の産物”ではあったが、彼らのような既に知名度があり、スケールの大きな投手が、今後ハムにどれだけの白星をもたらしてくれるのかと、明るい未来を夢想せずにはいられなかった。


しかし、そう都合よく事は運んでくれないものである。ダルビッシュの躍進は周知のとおり。鎌倉は故障という悲運もあり、若くして退団を余儀なくされたのは致し方ない部分もあった。問題は残りの一人の須永‥‥。プロ入りから10年経った今も、プロで勝ち星をあげられないままでいるとは、あの時点で誰が予想できただろうか。

浦和学院時代‥いや、もっと厳密にいうと入団一年目の須永は驚愕レベルの快速球をビシバシと投げ込んでいた。プロ入りしてから2年間、一軍でホームランを打てなかった大阪桐蔭の怪物・中田翔よりも、あれほどの球を放りながら一勝もできていない須永の方が、まさに、にわかには信じがたい事実なのである。


チームは変わった。投球フォームもだいぶ変わった。ただ、こうしてプロに身を置いている以上、まだチャンスは残されている。日ハムではファンも多かったし、私だって入団当初、彼が平山あやのファンと公言していたのを未だに覚えているくらいだ。久々に須永をみたい‥‥しかも、その舞台が東京ドームなら感涙モノだ。“再会”を果たせたら惜しみない拍手を、関東のハムファンは贈るだろう。


と思っていたら、また二軍に落としやがった(苦笑)。ファンの期待を裏切ったせめてもの罪滅ぼしに、大きくなった市川友也が登場してきたら、Gファンはより盛大な声援を彼に送ってあげなさい。

‥今回は残念だったが、トレード当事者であるオビスポも紺田も、とうの昔に一線から退いている。現在もプロ野球選手としていられるのは須永が左腕である以上に、素質があると見込まれているからだ。そこは自信を持っていい。


筆者の地元、埼玉にある高校球界四天王(自称)は、須永がいた浦和学院・阿久根鋼吉の花咲徳栄・職場に先輩がいた(笑)聖望学園。そして、春日部共栄だ。24日、同校出身の中村勝が、ついに初完封勝利をマーク。“埼玉のダルビッシュ”がいよいよ覚醒のときを迎えたのかも知れない。

郷土から巣立っていった選手が活躍してくれると嬉しいもの。みんな、頑張ってほしい。

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ラベル:須永英輝
posted by 羽夢 at 10:38 | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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