2013年11月09日

印象に残る 「トレード劇」 vol.2

先日触れた、三村敏之さんの本を久々に読み返していたときに思いだしたことなのですが、1974年オフにカープとの間で交わされた交換トレード。これもなかなか味わい深いんですよ。


日本ハムファイターズと球団名を改めた、この前後の時期は「東映色」を一掃するために、主力選手をトレードなどで大量に放出していたころ。主にセカンドを守り、内野のキーマンでもあった入団7年目の大下剛史さんも、例外ではありませんでした。

もっとも大下さんのケースは少し違っていて、カープの監督の就任したばかりのジョー・ルーツ氏の強い要望によって実現したとも訊きます。その交換相手の一人が広島商業時代に同じ釜の飯を食ってきた、上垣内誠(かみごうち・まこと)さんだったのですね。長いプロ野球史をみても、こうした人間模様が織りなす「トレード劇」は希少といえます。


生まれ故郷に帰った大下さんは発奮。赤ヘル軍団の一員として翌年の初優勝に貢献されました。東京にやってきた上垣内さんも、成績だけをみれば見劣りはしないのですけれど、インパクトの大きさという点ではやはり!大下さんを獲得したカープの「圧勝」といった感じでしょうか。‥結果論とはいえ、あらためて振り返ってみると、何かこれと似たようなことを繰り返していた印象も受けてしまいますねぇ。当時のファイターズは。


大下さんといえば現役時代を目にしていないのもあって、筆者は解説者(テレ朝)のときのイメージが根強いのですが、子供ながらにもハラハラして聴いていた覚えがあります。よくコンビを組んでいた若かった頃の辻義就さんにはずいぶんと手厳しかった(笑)。お門違いの質問をすれば当然のごとく、無視!その間に流れる数秒の「沈黙」がなんとなく居たたまれなくて‥。それに比べれば近年はだいぶ丸くなられたでしょうか。


そうそう、個人的に忘れられない大下さんの発言があります。それは...


『私も“一応”(ファイターズの)OBですから‥』

文字だけでは伝わらないかもしれませんが、OBというわりには“愛着心”といいますか、そういったものが以前よりまったく感じられなかったんですよ。不思議と当時は。無論ひいき目なしで、平等に解説されていたということなのでしょうけど、まだ幼かった自分は 『日本ハムではあんまり良い思い出がなかったのか?』 だなんて、勝手に詮索してみたり(笑)

それだけにプレーオフ進出記念企画(2006年)として、突如、新聞紙上でコラムを書かれていたのには驚きましたね。今でもファイターズのことを気にかけてくださり、ありがとうございます。来シーズンから駒澤大の後輩に当たる白井一幸氏も帰ってきますので、一層あたたかく見守っていてください!


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posted by 羽夢 at 01:43| Comment(0) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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