2013年06月21日

背番号 『19』 物語 【尾崎行雄〜増井浩俊】

菅野智之投手が仮にファイターズに入団していたら、背番号「19」を与えるような気がしていたのですが、翌年ジャイアンツで同番号を背負うことになろうとは‥。自分が描いていた通り、またそれがよく似合っていて、なにか皮肉めいた感じもしましたね。

それで昨シーズン、増井浩俊が「43」から昇格。変更後も主力に相応しい活躍をみせてくれています。増井投手のように“ご褒美”的な意味もあって良い背番号を与えるという流れは、見ている方も気持ちいい。なんとかその番号を自分のものにしてほしいなって、応援したくもなりますよね。ただ、旧背番号でレプリカユニフォーム等のグッズを購入してしまったファンは、いささか有難くない話なのかもしれませぬが(笑)

その増井投手。6月半ばの時点で防御率が3点台後半と、中継ぎとしては決して優秀と呼べる数字ではありませんけれども、ここぞという場面で三振を奪えるのが、やはり彼の大きな魅力ですよね。今シーズンもイニング数に近い奪三振をマークして、ときにハラハラさせながらも(笑)、守護神・武田久に繋ぐ重責を担ってくれています。


それでは増井浩俊もサマになってきた、Fs歴代背番号「19」選手について、今回は振り返ってゆきます。


1962-1973 尾崎行雄 (東映〜日拓)
1974-1977 野村収 (金田留広との交換トレードにロッテより移籍)
1978-1988 間柴茂有 (野村収との交換トレードで大洋より移籍)
1989-1991 上岡良一 (東北福祉大学より新入団)
1992-1994 島崎毅 (NTT北海道より新入団)
1995-2003 厚澤和幸 (国士舘大学より新入団)

2004-2007 清水章夫 (背番号「21」からの変更)
2007    萩原淳 (木元邦之・清水章夫との交換で歌藤達夫と共にオリックスより移籍)
2008    中村泰広 (金村曉との交換で阪神より移籍)
2009-2011 林昌範 (M中村・工藤隆人との交換で二岡智宏と共に巨人より移籍)
2012-    増井浩俊 (背番号「43」からの変更)


東映で一時代を築いた尾崎行雄さんが日拓ホームフライヤーズとなった1973年までつけたあと、記念すべき日本ハムファイターズ元年に「19」を背負った選手が、ロッテから移籍の野村収投手。2008年までファイターズの2軍投手コーチも務めてくれたので、なじみ深い方ですよね。


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「12球団勝利」というのをプロ野球で最初にしたのが、この野村さん。もちろん当時は交流戦などない時代でしたので、少なくともセ・パ2球団ずつに籍を置かなければ達成できなかった記録です。なので、昨今続々と誕生してきている「12球団勝利」投手とは何か“重み”が違うような気もしますね。計4球団でプレイし、通算121勝をマーク。ファイターズ時代の1975年には最高勝率のタイトルも獲得されています。


野村さんとの交換で大洋ホエールズからやってたのが、間柴茂有投手(ましば・しげくに)。そのまま空いた「19」を引き継ぎました。そうそう、間柴投手で思い出すのが‥開幕連勝記録。6月20日の時点で楽天にいる田中将大投手が、開幕から負けなしできていますよね。いつのまにか“飛ぶボール”に変更されていても(苦笑)、例年と変わらないような成績を残す田中投手は本当にすごいわけですが、彼が勝ち続ければ続けるほど、開幕から15勝負けなしを果たした間柴さんの記録が、またクローズアップされる日も来るのではないでしょうか。

‥実は間柴さんは2シーズンにまたがって(1981-1982)16連勝しているんですよね。ただ、あいだにあったポストシーズン、ジャイアンツとの日本シリーズで2敗を喫してしまったのは、本人も相当悔しかったでしょう。特に41.3%と驚異的な視聴率を叩きだした第6戦では2回KOを喰らってしまい‥‥。それでも間柴さんは『トレードでファイターズにきてよかった!』と、絶対にそう思ってくれているはずです。


1992年からの島崎毅投手は入団時より即戦力として期待されていましたが思うような成績が残せず、「19」を剥奪された1995年から活躍をしだしのは何とも皮肉です。結果的に島崎投手から同番号を奪う形となってしまった新人の厚澤和幸投手も、二軍で最多勝を獲得したりノーヒットノーランを達成したりと、キラリと輝く投球もみせてくれましたが、1軍での白星には結びつかず...

厚澤投手と同じ左腕で、周囲の期待を一身に集めて入団してきた清水章夫投手が2004年から。清水投手は背番号「21」からの変更でしたけれど、“昇格”という雰囲気ではなかったですよね。「19」もいい番号なのですが、ファイターズの「21」はかつて西崎幸広さんら、偉大な投手が付けておられた背番号でしたし。どちらかといえば“降格”の向きが強そうな、筆者の目にはそう映りました。

以後、萩原淳投手や中村泰広といった移籍組の投手が背負うも、いずれも短い期間でチームを去ることになってしまい、「19」はまだ受難の時代‥‥。同じく移籍してきた林昌範投手がようやくリーグ優勝に貢献する働きをみせてくれて、久々に1軍のライトを浴びる、19番を目にすることができました。


このように生え抜きの選手がつけることじたい、けっこう久々な番号となるわけですが、「19」を身に纏ってさらに1軍戦で大活躍したとなれば、生え抜きでは尾崎行雄さんまで遡らなくてはなりません。それだけに増井投手には何としても頑張ってもらいたい。今の番号で!‥天国にいる球団、そして背番号「19」の大先輩にも勝利の報告ができますよう、マスマスの躍動を期待しております。


尾崎行雄さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。


≪関連≫
背番号『1』物語
背番号『2』物語
背番号 『11』 物語

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ラベル:間柴茂有 野村収
posted by 羽夢 at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | FS特別企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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