2013年05月30日

「ヒストリア」 -18の記憶1-

ゴールデンウィーク期間中‥‥久々にこの名前を目にした。


【河野博文】

5月5日に2000本安打を達成した中村紀洋(DeNA)選手の放った記念すべきプロ初安打が、当時ファイターズに在籍していた河野投手だったそう。1992年だと例の「失踪騒動」からちょっと経った年‥‥。あらためて21年という歳月の重さを感じた。

そうか、中村選手の初安打はホームラン。いかにもアーティストな同選手らしいけれど、河野のゲンちゃんも大きいのはよく打たれたもんなぁ。こちらも“らしい”といえばらしい。


しかし、河野博文という投手は何か不思議なものを持っている。たとえば1989年8月31日のオリオンズ戦では初回の先頭打者に安打を許したっきり、無安打に抑えて完投もしたのにもかかわらず、敗戦投手。

かとおもえば1995年4月18日のブルーウェーブ戦では味方打線が星野伸之投手の前に1安打(五十嵐信一)と沈黙していたのに、星野を上回る好投をしていた‥とも云い難いのに、完投して勝利投手。

いや、1安打勝利じたいはさほど珍しいことでもないのだけれど、特筆すべきはその唯一の安打がまったく得点に絡んでいない点。ファイターズは相手が犯した「1イニング2つの野選」によって、その日の全得点をあげた。(ちなみに当時ブルーウェーブの正捕手だった中嶋聡さんもエラーに関与)

さらに云えばオリオンズ戦での初回に浴びた安打も得点には絡んでいない。最終回に自らのミスも重なって、唯一の失点を喫してしまったのだ(園川一美が完封勝利)。何やらここまで数字の「1」がキーワードとなっているが、極めつけなのはジャイアンツ時代の1999年。ワンポイントで出てきて一発を喰らい、1球敗戦投手という、不名誉な記録もつくっている。


本当に筆舌に尽くしがたい、ゲンちゃんの“持ってる”度...

そういえば念のために、上記呼び名はあたかも長嶋茂雄監督が命名したように思っている人もいらっしゃるそうだが、ファイターズ時代からチームメイトにそう呼ばれていたらしい。

筆者がまだ幼いころ、後楽園球場で汗だくになって投げている背番号18の河野投手が映る姿を、おぼろげに覚えている。なぜかそれが妙にインパクトあって、私にはえらくかっこよく見えたのだ。そこで一緒テレビ観戦していた父におもわず...


『このピッチャーすごくかっこいいね!』

と、口にしたら『どこが?猿みてぇな顔してるのに』なんて返されてしまったことを、いまだに記憶している。どうも「北京原人」ぶりは若いときから健在だった模様。付け加えていうと、私の父も大沢親分に完全に影響を受けてしまったべらんめえ親父なので、仮に今、これをみても河野さんは怒らないであげてほしい(笑)


‥‥振り返ってみると、この河野さんから受け継がれたファイターズのエースナンバーを背負う投手は岩本勉さんに斎藤佑樹(※あいだに藤井秀悟もいる)、それこそ色んな意味で“持ってる”人たちだなぁ。エースナンバー本来の「概念」はさておき。

本当に様々な“ネタ”を我々に提供してくれた、ゲンちゃんにガンチャンにユウちゃん!記憶に残る選手は皆、愛称も個性的である。


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posted by 羽夢 at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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