2012年12月16日

プロ野球選手 -第2に人生を語る- vol.1

ファイターズの元投手だったあるOBが先月、逮捕されていたという衝撃的な事実が発覚しました。元投手はここでも触れたことがあったりして、個人的に好きな方でした。しばらく姿を見かけないな、なんて思っていたら‥‥。まあ容疑は否認しているとの報道もあったので、元投手についてはこれ以上言及するのをやめておこう思います。


しかし、考えさせられますよね。時期的にこれから「戦力外通告」なる番組も放送されますけど、選手のその後、「第2の人生」とでも云うんですか?難しいんだなぁって、つくづく。球界で生き残っていけるのは“一握り”ですとか、そこかしこで耳にしますし。

事情はそれぞれ違えど、やむなく球界から離れる選手たちは当然、一般企業などに身を置くこととなります。大抵の選手はここで「カルチャーショック」を受けるんですってね。また一から叩きこまれるわけじゃないですか?年下かもしれない上司から“社会人”としての、いろはを。

‥ただでさえ野球選手はプライドが高いそうなので(プロは高いくらいでないと務まらないのかも)、それに耐えられずに挫折してしまう元選手も、結構いるみたいです。来季からファイターズのヘッドコーチを務める阿井英二郎さんは引退後に初めて味わった「満員電車」が特に辛かったんだそうで。慣れたつもりの私たちでも、あれはキツいですものね。わかる気もします。


そんな中でも逆境にめげず、一般社会で頑張っている元選手も、もちろん多くいらっしゃいます。ロッテで名遊撃手として鳴らした水上善雄さんも球界復帰前に魚市場や警備会社で働いていたご経験もあるそうだし、そうそう!週刊ベースボール上にある【セカンドキャリアの「球人力」】というのは、ご存知ですか?

拙者はあの企画が大好きなんですよ。選手の引退後の様子を伝えてくれているんだけど、昔応援していた選手が『ちゃんと新しいフィールドで頑張っているんだなぁ』なんて感心してしまったり、自分自身が励まされたりもして。かつて日本ハムにも在籍していた定岡徹久さんなんか、現在メガネ屋の店長様だそうですよ(笑)


一度“失敗”はしてしまったけど、「再出発」をした元選手もいます。昨年自らが起こした罪によってメディアを騒がしていたこともあった、ファイターズOBの田中実さん。今シーズンから関西独立リーグ・大和侍レッズの監督に就任されました。


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1986〜1993 背番号「52」 左投左打 外野手
 

田中さんはね...元々すごくハングリー精神をお持ちな方なんです。ファイターズを1993年オフに自由契約となってしまったんだけど、その後7年にも渡って韓国球界でプレーされていたのですよ。日本人の選手や指導者も、昨今とちがい、ほとんどいない状況下において。ただ、おかげでファイターズでは1本も打てなかったホームランを、何本か打つことができました(笑)


というか、田中さんの現役時代を知る者は【大内実】の方が、しっくりくる印象でしょうか。詳しい背景は存じていませんが、1991年のオフに現在の“田中”に改姓されたのです。当時はなにか、あっけにとられましたよね。『名字が変わるって、何事?』みたいな(笑)。下の名前(登録名)を変更する選手は昔からよくいらしたのですけど。しかも“大内実”の場合はせっかくその年にレギュラーを獲得できたというのに。ちょっと気になるところです。

先ほど国内ではホームランを1本も打っていないという話をしましたが、実はこの田中実さん。「流し打ち」の名人でして。コツンと、ショートを頭上を越すヒットを往時は度々見かけたものです。ただ、あまりにも“流して”ばかりいたものだから、相手に左寄りのシフトを取られてしまうこともありましたっけ(笑)

ちなみに香川県の尽誠学園出身で、ロッテなどでも活躍した、あの伊良部秀輝さん(故人)の2年先輩にあたります。これらを踏まえてもらったうえで、次回に続きます...


≪関連≫
日ハム新ヘッド、阿井英二郎の半生。 (別サイト)
定岡徹久 自由が丘のメガネショップ 「アルカナ」のブログ
「ゆくる人」 入団編2
あえて、尾崎匡哉 (水上善雄2軍監督時代)





ラベル:田中実 大内実
posted by 羽夢 at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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