2012年11月23日

背番号 『1』 物語 【大下剛史〜陽岱鋼】

2013年度よりファイターズでは2年間空き番号となっていた背番号『1』を、陽岱鋼選手が身にまとうそうです。今シーズン中にチラッとそれを予言(?)していたので現実のものとなって、なんとなく私も嬉しい気分。

『24』も決して悪い番号ではないんだけど、スリムな陽の体型なら一桁の番号の方が似合うような気もします。たしかなレギュラー選手となって、リーグ優勝にも貢献してくれました。彼ならきっとファイターズの『1』番に相応しい選手にと、今後なっていってくれるでしょう。期待しています。


陽の背番号変更が活躍した“ご褒美”的な意味合いもあるならば、同じ経緯で『1』へ変更になった森本稀哲もそんな感じでしたよね。“師匠”と慕っていた新庄剛志さんの番号を受け継ぐ形になりました。ですので近年はこれからの陽も含め、外野手のイメージが根強いのですが、過去の『1』を振り返ってみると、経緯といいタイプといい、まったく異なった選手が背負っていたのは興味深い点です。


【日本ハムファイターズ 歴代背番号1選手】
1974    大下剛史 ≪新入団≫ 内野手
1975-1985 菅野光夫 ≪新入団≫ 内野手
1986-1998 広瀬哲朗 ≪新入団≫ 内野手
1999-2003 阿久根鋼吉 ≪新入団≫ 内野手

2004-2006 新庄剛志 ≪日本球界復帰≫ 外野手
2007-2010 森本稀哲 ≪背番号46からの変更≫ 外野手
2013-    陽岱鋼 ≪背番号24からの変更≫ 外野手


大下剛史さんは1年間だけの在籍でカープに移籍してしまったので(球団名が日本ハムとなってから)、それほど馴染みはないのですが、菅野さんと広瀬さんにかんしては社会人からドラフト1位で入団し、いきなり1番を与えられた、いわばエリート的な存在。両者とも野球選手にしては小柄で【堅守】をウリにしていた、ユーティリティタイプでした。広瀬さんの後に付けた阿久根鋼吉さんもドラ1ではないものの、やはり、社会人野球で鳴らしていた選手です。


2003年オフに日本球界復帰が決まった新庄剛志(SHINJO)さんに阿久根さんが1番を譲り渡す形になると状況が一変!前述の外野の花形プレーヤーたちがその系譜をたどっていくこととなります。もちろんタイミング的な理由も多々ありますけど、北海道移転前後で比べてみると背番号『1』のコントラストはより明白で、面白いですよね。


数字の【1】って見た目からして細長いから、新庄選手みたいに“スッ”としてる選手が付けている方が、個人的には好みです。ダルビッシュ有の『11』番だってよく似合っていましたものね。スッとしてなくても(?)ファイター・広瀬さんの時代もよく見ていましたので、印象深さでは一番かも...

さて、あなたが好きだったのはどの『1』番?


※次回・背番号『2』編

≪関連≫
背番号『9』物語
背番号『12』物語




posted by 羽夢 at 23:32| Comment(1) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あくねwww
Posted by 一岡 at 2012年11月24日 09:12
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