2012年11月15日

「ゆくる人」 田中賢介編.2


突如、新聞紙上に【田中賢介トレード】の見出しが躍っていたのです。


相手は阪神タイガース。交換する具体的な選手名まで挙がっていたので、もしかしたら「成立寸前」までいっていたのかもしれません。それが今から7年前、2005年秋のこと...

実現こそしなかったものの、報道を目にした時は大変ショックを受けました。確かに芽がでてこない賢介ではあったけど、その年のホーム最終戦でライトスタンドに目の覚めるような特大ホームランを放ち、来季への飛躍の“予感”を大いに漂わせてもいたのです。なのに、この“タイミング”でトレードはないだろう‥と。

残留が決まった直後、たしか高田繁GM(当時)がこんな風に言っていました。『せっかくここまで育ってきたんだから』。おそらく相手側の強い要望があったのだと思われますが、結果的にトレードに踏み切らなかったのは正解でした。

私含めたファンの予感通り、翌年から正二塁手として才能を一気に開花させていくことになるのだから。‥もし賢介がよそに行っていたら、決してオーバーな話でもなく、後の“黄金期”がファイターズに訪れることはなかったでしょう。これも高田さんのある意味、「英断」です。


それにしても入団時から定評のあった打撃はともかくとして、守備面で急成長を遂げていったのは驚きでした。鎌ヶ谷時代から見守ってきている人にとっては、賢介がGG賞の常連になる未来なんて、到底予測できなかったのではないでしょうか(笑)

もう入団当初はスローイングに難があって、暴投の繰り返し‥。守備での迷いがそのうち打撃の方にも影響を及ぼすようになってか、ファームでも低打率にあえぐ年もありました。


チームの日本一に貢献してくれた2006年はレギュラー候補のJ・マシーアスや木元邦之の不調なども重なり、賢介にとっての“風”がふいていたのは事実だけど、巡ってきたその千載一遇のチャンスを、彼はガッチリとものにしました。

特になかなか固定できなかった【二塁】のポジションに賢介がハマってくれたのは、遊撃の金子誠選手とともに強固なセンターラインを構築できたことで、とても大きな意義があったと感じます。以後、より守りを重視するようになったファイターズに、ますます欠かせない存在となっていった賢介...



どうやら13年間いたチームを離れることが濃厚になってきたようです。13年ということは、もう数えるほどになった東京本拠地時代を知っている選手のひとり‥。淋しさはあります。ただ、本人が長年の「夢」を取るのであれば、それを尊重してあげたいと思います。

スーパースターのあとに、またあらたなスター選手が必ず台頭してくるという話を聞いたことがあります。そういえば海を渡ったダルビッシュ有のあとの吉川光夫もそうでした。西川遥輝・杉谷拳士ら、今季成長著しかった若手選手が虎視眈々と「ポスト賢介」の座を狙います。






ラベル:田中賢介
posted by 羽夢 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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