2012年10月12日

不定期連載 【ドラフト】 -嘆きの時代-

今おもうと、逆指名制度って何だったんでしょうねぇ...


自由枠だの希望枠だのちょこちょこ名称を変えながら、結局“好きな球団に入れる”システムは10数年で幕を閉じてしまったわけでしょ。やるならとことん、もう昔のような自由競争にすればいいし、やらないなら現行の重複くじ引き→完全ウェーバーで一応丸くおさまる。逆指名制度は1位と2位まで‥とか高校生は除外とか、何もかもが中途半端だったんですよ。契約金の高騰を危惧し、上限も設けたけど当時は「裏金」の噂も絶えなかったし。

高橋由伸とか二岡智宏も、他球団にいっていた方がもっと幸せな野球人生を歩んでいたような気がするなぁ。根拠はないけど。そこで活躍してからFAなりで好きな球団(読売)に行けばよかった。そのための制度でしょ?だからFAにかんしてはわりと肯定的。


‥‥なんて、のっけからネガティブ全開ですみません。いや、この嘆きはファイターズがアマチュアのスター選手とほとんど縁がなかったからなのですよ。逆指名制度の恵みを受けてなかったから、ありがたみを感じる機会が少なかっただけなのです。川上憲伸や川村丈夫には土壇場で逃げられるし(泣)。そんな不遇が続いていたなかで突如、近大でアマチュア5冠を成し遂げた清水章夫(1997年)が逆指名でファイターズに入団していただいたときは、そりゃーたまげましたよ。 『なして日本ハム?』って(笑)


そういえば今をときめく巨人の阿部慎之介選手。彼は学生時代にファイターズの春季キャンプに特別参加していたことがあり、もしクジ引きで引き当てていたら、その縁でファイターズに入団してくれていたかもしれない‥‥。そう考えると逆指名制度がますます憎たらしくなってきます。まぁのちの活躍ぶりをみれば彼は巨人にいって大正解だったと思いますけどね。

ただ、肝心の「クジ運」も一昔前まではそれほどよくありませんでした。逆指名にこぎつけられなかったものだから、甲子園を騒がせたような前途有望な高校球児に狙いを定めていくのだけど‥ことごとく外す!もっともファイターズが引き当てていたところで、福留や松坂には拒否られていただろうなぁ‥‥(苦笑)。かつて山田正雄GMがこんなことをおっしゃっていました。


我々の球団は、過去にドラフト抽選で8回連続外した歴史があります。そのうち3分の1でも当たりを引いていれば、現在のドラフト戦略もまた違ったものになっていたかもしれませんねプロ野球選手のドラフト伝説―今だからわかる!各球団の“ホント”のドラフト力より


‥哀愁すら漂わすこのセリフ。たしかにいい思い出なかったなぁ。これが逆指名制度が撤廃された途端 「ドラフト巧者」などと呼ばれていくようになるんだけど。次回は“勝ち組”となっていった、ファイターズドラフトの軌跡を辿ってみます。

【文中一部敬称略】





posted by 羽夢 at 11:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
逆指名があれば日ハムなんか強くなれなかった。運がいいだけ
Posted by おGさん at 2012年10月12日 20:35
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