2012年05月03日

東映フライヤーズ “奇跡の一戦” 【1971 5/3 VSロッテ@東京スタジアム】

2009年のクライマックスシリーズでスレッジが放った逆転サヨナラ満塁本塁打。あの試合もかなり「奇跡的」でした。土壇場8、9回で8点とって試合をひっくり返したわけですからね。自分が目にしてきた中でもトップクラスの奇跡です。ただ、41年前の今日‥ファイターズの前身・東映フライヤーズに起きていた奇跡は、もはやそれどころの騒ぎではなかったかもしれません。


【5者連続本塁打】

野球は9人でやるスポーツです。そのうち半分以上にあたる5人の打者が、連続してホームランをかッ飛ばしてしまうという、とんでもない記録が誕生しました。今でも日本記録として残っているので、ご存知の方も多いかと思います。しかし、あらためてこの試合を振り返ってみると、これ以外も実に様々な奇跡が折り重なって、フライヤーズに勝利をもたらしていることが分かりました。


1971年5月3日、場所はオリオンズの本拠地「東京スタジアム」。なんでもこの球場は構造上の問題でホームランが出やすかったらしく、両軍合わせて12本のアーチが乱れ飛んでいます(ロッテ・江藤慎一選手は1試合3本!)。ちなみにあまりにも“投手不利”な同球場なので、2年後にオリオンズの監督に就任する金田正一氏は本拠地として使用するのをやめたそうです。

メインディッシュに行く前に、まず試合経過の方を辿ってみるとロッテの5点リードで迎えた東映最終回の攻撃。大杉勝男選手がホームランを放って4点差としたものの、すでに2死で無走者。ここから安打と四球、次の打者が遊ゴロで万事休すかと思われた矢先、二塁ベースに入った名手・山崎裕之選手がまさかのエラー(捕球ミス)。さらに連続安打で畳み掛け、またしても相手のまずい守備にも助けられてこの回一挙5点。土壇場で試合を振り出しに戻しました。実は先の山崎選手の失策のシーン。最初はアウトの判定でした。それが東映側からの抗議によって判定が覆ったそうです。考えてみたらこれも“小さな奇跡”といえますよね。


そして、迎えた延長10回。東映の攻撃は前の回と同様、2死無走者‥。それでもヒットと四球で満塁のチャンスをつくるとピッチャー・皆川康夫さんのところで代打、作道烝(当時はDH制なし)。作道さんはこの日、ベンチに残っていた最後の野手です。前年66試合に出場して3本のホームランを打っていましたが、どちらかといえば控えに甘んじていた選手。

そんな作道さんがレフトスタンドへ豪快なグランドスラムを放って試合を決定づけます。伏兵の一撃で東映打線はますます活気づき、ここから出るわ出るわ‥。次の大下剛史から始まり、大橋穣張本勲、最後は大杉勝男が締めて、これで5打者連続ホームラン!

2死ランナーなしから、なんと8得点をあげる猛攻をみせたのでした。この4名の打者は他チームに移って優勝にも貢献するなど、第一戦として活躍し続けていましたが、作道さんにかぎっては生涯ホームラン数は5本。そのうちの1本が球史に名を刻む一発となったのだから、かなりの“持ち具合”です。ただ、当時のナインは記録よりも何よりも!チームの勝利が一番うれしかったでしょう。東映はそれまで泥沼の9連敗中だったのですから(苦笑)



toei5hr.jpg
1971年5月4日朝日新聞【スポーツ】より


『野球は2アウトから』を実践してくれたかのような、41年前の東映の奇跡。栗山英樹新監督は最後まで“魅せる”野球を目指しているそうです。私たちもそれに応える形で、最後まで諦めずに応援していれば、いつか【奇跡】の目撃者になるかもしれません。


≪文中一部敬称略≫
※あなたが見た野球の奇跡!ぜひ教えてください。




posted by 羽夢 at 02:00| Comment(6) | TrackBack(0) | あの日のFS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ファイターズさん絡みになるけど、二岡がサヨナラホームランを打って優勝を決めた試合も神がかってましたよ。あの試合も4点差を江藤の満塁ホームランで追い付いて逆転しました。長嶋監督の最高の笑顔が見れたのもいい思い出です
Posted by ライアル at 2012年05月04日 00:46
>ライアル様

はじめまして。よろしくお願いします。
ミレニアムと呼ばれていた2000年のシーズンですね。はい、私もその試合のことは良く覚えています。二岡選手のは江藤さんの直後でしたものね。しかも初球でしたっけ!何か満塁ホームランの余韻に浸る間もなく..といった感じでしたけど(笑)

二岡選手は現在も代打で頑張っています。応援よろしくお願いします!
Posted by 羽夢 at 2012年05月06日 00:55
羽夢さん、今回も貴重な情報をありがとうございます。

しかし、作道選手は良く知らないのですが、大下、大橋、張本、大杉っていずれも名選手でトレード後も活躍された方々ですよね。そして張さん以外のトレードは、ファイターズとしては成功と言えませんでした。

大下さんは赤ヘル軍団初優勝の切り込み隊長になりましたが、上垣内さんはハンサム、渋谷さんは切り札とは言い難い代打で終わりました。大橋さんのトレードは、阪急西本監督に上手く嵌められた感じがします。大杉さんは、燕軍団初優勝の主力選手に...

当時はダーティな?イメージと言われた東映カラーをどうしても一掃したかったとしか思えないトレードが相次ぎました。白仁天さんのトレードもしかりです。ファンとしては当時の大社-三原-中西体制に不満は多かったのですが、故大社オーナーがポケットマネーをつぎ込んでいたなどというエピソードを聞くとそれはそれで感慨深いものはあります.....

それでも最近はFA制度で大型トレードは殆どなくなりましたので、少し寂しい気もしますね。
Posted by 南の国から at 2012年05月09日 00:18
>南の国から様

ご無沙汰しております。
当時の資料を読んだことがあります。どうも「仕掛人」の三原さんはこれらのトレードに勝算といいますか、相当な自信があったらしいのですけど、南の国から様がおっしゃられますように“成功”したとはたしかに言い難いですね(苦笑)

張本勲さんはハム在籍中からからトレードを志願されていたらしいので、仕方ない面もありますが、その他の選手はトレード通告にどんな心境を抱かれたのでしょうね‥

上垣内さんと渋谷さんの知識はほとんどありません。教えて頂いてありがとうございます!上垣内さんはハンサムだったのですか(笑)。何分、30年以上前の選手にもなりますと、映像やら画像も少ないのでそういった情報も大変ありがたいです。

>>それでも最近はFA制度で...

数自体の大型トレードはありますけど、俗にいう大物選手同士のトレードは少なくなりました。この辺は根本管理部長が得意としてましたよね‥。とても懐かしく感じます。
Posted by 羽夢 at 2012年05月09日 11:36
羽夢さん、補足します。

渋谷選手は、大砲としての存在感があり、雰囲気では、当時の土井正博選手や大杉選手にも見劣りしていなかったと思います。今ですとオカワリ君ですか...。でも、残念ながら、活躍した記憶がないのです。
Posted by 南の国から at 2012年05月15日 09:48
>南の国から様

大変貴重な情報ありがとうございます。渋谷選手と上垣内選手に関しましては本当に資料が少ないんですよ。なるほど、イメージはつかめました。

そういえば広島さんとはあまり相性がよくないですよね。カープからファイターズに来て活躍した選手って、江夏投手と高橋里投手以外ではいないような気が‥。80年代後半も結構いました。鍋屋投手、定岡選手に及川選手!なぜかよく覚えてはいるんですけどね(笑)

※いつになるかまだ分からないのですが、ファイターズにまつわるクイズを出題します。南の国から様にも是非挑戦していただきたいでの、その時はよろしくお願いします!
Posted by 羽夢 at 2012年05月16日 01:11
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。