2012年05月02日

岩舘学“初本塁打”と好調セットアッパー 【5/1 VS福岡ソフトバンク @札幌ドーム】

岩舘学のプロ初ホームランを見ながら現役時代のある選手の姿が、ふと脳裏をよぎった。上田新体制となった1995年。14年目の“ベテラン”が初めてレギュラーをつかんだ。当時、一躍脚光を浴びていたのが、北海道日本ハムの現打撃コーチ・渡辺浩司氏。

今シーズンは開幕から1軍に定着しているプロ9年目の岩舘が“遅咲きの春”を迎えたあの頃の氏と、どこか重なって見えた。巨人時代、またファイターズに移籍してからの2年間は多くのときをファームで過ごしている。1軍でプレイできることに幸せを感じ、何より今は野球が楽しくて仕方がない‥ そんな岩舘の充実ぶりが見ているこちら側にも伝わってくるようだ。

開幕2戦目、代打で放った値千金の同点打。そして、この日はチームが苦手としている山田大樹から決めた記念すべき一発。本人はもちろん、チームにとってもひじょうに意味のあるものだった。今後“天敵”が登板してきた際には、ふたたび抜擢される機会が訪れるだろう。今季、岩舘に流れはきている。


渡辺氏は高校卒業後、ニチエーという会社への就職が内定していた。結局ここで世話になることはなく、入団テストを経て日本ハムに入団したわけだが、このニチエー。現在の社名はバイタルネット。“バイタル”といえば同社初のプロ野球選手でもあり、現在はファイターズ強力中継ぎ陣の一角を担う、ご存知!谷元圭介だ。

昨シーズンと比べ、直球の威力がはるかに増している。音にするなら“ズドーン”。そう、まるで「バズーカ砲」ようなストレート。小柄な体型の一体どこに、あれほどパワーが宿っているのか。見ていて“打たれる気がしない”といっても決して過言ではないくらい、頼もしい存在になってきている。

「小柄な体型」「セットアッパー」「浮き上がるストレート」といえば、今季も守護神を務めている武田久の、かつての代名詞みないなもので、実際谷元と重なる部分も多い。その“元祖”の武田が打たれ、敗れてしまった1日の試合。好投していた先発・多田野数人の後を受け、いつも通りまた3人で打者を片づけてきた谷元とは対照的でもあった。

何かを決意したかのような表情をみせていた、最終回の栗山監督。中継ぎ・抑えの「再編」は果たしてあるのか‥‥









posted by 羽夢 at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。