2012年02月26日

燃える星野仙一 【1970年代後半の銭闘】

2月も終盤に差し掛かり、いよいよオープン戦が始まりだしましたね。25日の東北楽天戦。ファイターズはいきなりベストオーダーを組んできました。先月予想していたのとだいたい同じでしたけど、さすがに稲葉2番は読めませんでした。あまり経験がないわりには犠打も上手ですし(陽よりよっぽど 笑)、もしかしたら公式戦でも見られるかもしれませんね。

ファイターズナインはともかくとして、相手のイーグルスは同一リーグに属していますし、気になる選手・初めて目にする選手も何人かいたので「選手名鑑」と照らし合わせながら観戦していました。そんなこんなで試合展開そっちのけで気になってしまった、名鑑の項目‥

それは選手の 年俸。普段あまり気にしていないというか、あまり興味は湧かないのですけど、その時にかぎってやたら気になってしまいました。『どの選手がいくらくらいもらっているのか?』 『去年よりどれくらい上がったのか?』 また、『ダルなきあとファイターズの高給取りが誰なのか?』とか、それさえも知りませんでしたので。

意外にも?2億円プレーヤーが3名(武田久・田中賢・稲葉)もいたのですね。さらに1億9000万の糸井、1億7000万の武田勝と続いてきます。イーグルスでいうと25日の試合に出ていた中でのナンバー1は松井稼頭央の1億5000万。松井とトップタイの年俸をもらっているのは、選手ではない星野仙一監督(笑)。今の時代、監督も結構もらってるんですねぇ。一方のファイターズ・栗山英樹監督は星野さんの半分以下、7000万円也。まぁまだ監督としての実績がないわけだから、この大差は仕方ないかもしれません。(ちなみに梨田前監督は1.1億)


星野さんといえば‥ この前調べ事をしていた最中に、こんな過去の新聞記事を見つけました。


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朝日新聞 1977年12月28日 【スポーツ】



今から35年前の記事ですので、まだ星野さんが現役をされていた頃ですね。【星野二千万円余でノー】。よく読んでみるとこんなことが書いてあります。


【星野は30%アップの二千八十万円を提示されたが、首をタテにふらない。この数字は中日初の二千万プレーヤー(外人を除く)だが、星野は「打者にくらべて投手の評価が低いプロ球界の傾向を打破したい」とがんばっている】


星野さん強気ですねぇ‥この頃から(笑)。『ドラゴンズ投手陣よりも野球界にいる全投手のために!』 まさにそんな感じです。それよりも気になったのが【中日初の二千万プレーヤー】の文字。


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遡って当時の新聞記事を読んでいくと、この前後の時代は年俸3000万がどうやら「大台」と呼ばれていたそうです。事実前年度の時点で3000万プレーヤーは王貞治(7800)張本勲(3700)田淵幸一(3200)の超大御所3名のみ。1978年になってのちの名球界プレーヤー、鈴木啓示山田久志山本浩二らがようやく“大台”に到達しました。


もちろん金額で当時と現代とを比較することはできませんけど、今もこの辺りのラインで働いてくれたら赤字になることもなく、球団経営もさぞ楽になるんでしょうねぇ。参考までに2012年度のファイターズナインで3000万超えは全選手の約1/3にあたる21人。2年目・斎藤佑樹も“大台”に乗せました(笑)

野球界は不景気知らず。本当どこまで年俸は上がり続けていくのでしょうか。羨ましいけど、見ているだけのこちらとしては、球団の懐具合の方を少し心配してしまいますよね‥‥


※北海道日本ハム・東北楽天の選手年俸は週刊ベースボール増刊 2012プロ野球全選手カラー写真名鑑 2012年 2/24号を参照。




posted by 羽夢 at 23:41| Comment(7) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
羽夢さんは、古い新聞にアクセスできるような環境にいらっしゃるのですね。うらやましい限りです。

過去の年俸は気になっていて、常にモヤモヤしていましたが、これで晴れてきました。「有藤、3000万円近い要求」という文字も気になります。あの頃は阪急を別にすればロッテが意外と強かった記憶があります。有藤さんはたしか田淵、山本浩二、富田勝!の各選手と同期?の近大?卒でしたよね。そういえば星野監督も同期でしたっけ?

年俸上昇に関しては、@1985年のプラザ合意とA南海ホークス譲渡(ダイエー参入)あたりが契機になっているのではと推測していますがどうなのでしょうか?
Posted by 南の国から at 2012年02月28日 14:06
韓国、台湾は年俸がリーズナブルなようです。もちろん、観客動員数、入場料、放映権料などの相場、そもそもの事業規模も異なるのでしょうから、単純な比較はできませんし、あちらでの球団経営が楽だとは聞きません。

選手のクオリティはどうなのでしょうか?残念ながら、韓国勢では白仁天、イムチャンヨン、ソンドンヨルの各選手、台湾勢では大豊選手位しか日本球界で活躍したという記憶がありません。昨年オリックスに在籍したパクチャンホ投手は小生がアメリカにいた頃、活躍していましたが、年齢の故か日本では難しかったようです。台湾系ではヤンキースにワンジェンミン投手がいましたが、最近聞きませんね。
Posted by 南の国から at 2012年02月28日 14:30
たびたびすみません。台湾勢、忘れていました。西武、郭タイゲン、ロッテ荘勝雄、中日郭ゲンジの各投手などは活躍されていました。当時、あまり台湾ということが注目されていませんでしたので、意識することが少なかったと思います。

陽ダイカン選手の益々の活躍を期待することにします。
Posted by 南の国から at 2012年02月28日 14:43
>南の国から様

すみません‥。私の知識と技術ではこれが限界でした(苦笑)表を作ったりすればもっと分かりやすくなると思うのですが。

>>古い新聞

また何かありましたらおっしゃってください。野球のことでよければお調べいたしますよ。

>>有藤さん

以前今井雄太郎さんがお書きになった本にも、あの頃のロッテは「強豪チーム」とおっしゃっていました。そうですね、有藤さんのドラフト年は名球界入りした選手を多数輩出されていますし“最強”と言われていますよね。ドラゴンズだけに関しても星野さんの他に大島康さんや水谷則さんも同期にいて名選手揃いです。

>>韓国・台湾

かつては台湾からの好投手が日本にも結構いましたよね。たしかに野手はあまり記憶にありません。個人的には南海ホークスにいた李来発と高英傑、両選手の情報が気になるのですが(笑)
韓国球界に復帰された白仁天さんが打率4割、OPS1.237という凄い成績を残されています。それでもきっと当時は日本にいたときの半分にも満たない給料で野球をされていたのでしょうね。このサイトを開設したときは、まさか白さんの話をできるなんて夢にも思いませんでした!本当にありがとうございます。
Posted by 羽夢 at 2012年02月28日 17:17
残念ながら、高英傑、李来発の両選手は名前を覚えているだけで、姿形の記憶はありません。

白仁天さんのことは土井正博さん(小生にはギャンブラーのイメージがあります。いまだに西武ベンチで怖い顔をして座っているのをテレビで見かけます。)の記事でコメントしようと思っていたのですが、太平洋に移籍後も活躍されていましたので、当時の野球好きの子供の間では有名でした。

余談ですが、Lファン!の息子と数年前に西武ドーム、楽天戦に行った(泣)のですが、太平洋時代のユニフォームの最終日で白さんもOBとしてセレモニーに参加されていました。

白さんが韓国に行かれたことは記憶から欠落していました。年俸は半分どころではなく、1/3にも満たなかったはずです。僕としては新橋サラリーマン的なイメージだった宇田東植さんが韓国に行かれたことは当時ちょっとビックリでしたが。
Posted by 南の国から at 2012年03月02日 00:43
>南の国から様

>>余談ですが

そうですか!その情報は知りませんでした。ありがとうございます。お元気そうでしたか?太平洋というとその時は真っ赤のユニフォームでしたよね。見てみたかったです。

>>宇田東植さん

宇田さんの話ができる人も、今ではすっかり少なくってしまいました(笑)これから書く記事の調べ事をしている過程で、宇田さんについても調べていました。アンダースローでしたよね。当時の映像をみると凄くフォームが綺麗なんですよ。体型はかなり細身でしたけど、やはり強靭な下半身をお持ちなのでしょうね。いつかお会いして当時の話を聞いてみたいです。
Posted by 羽夢 at 2012年03月02日 12:18
白さん、お元気そうでした。残念ながら、ユニフォームは白をベースにして赤をサイドに配色したホーム用?でした。西鉄復刻版のセレモニーの時にも観戦し、豊田泰光さん(記事、コラムなどで西武球団が西鉄OBをOB扱いしないことに憤っておられましたね)が感涙にむせんでおられました。さすがにプロ野球ニュースの頃と比べると体が一回り小さくなられていたような...(セレモニー目当てではないのですが、子供のスケジュールの都合で同じ時期に西武ドームに行くことが多いのです。)

息子の付添いで他球団の試合観戦が増えてきました。息子もファイティー君の後継の熊?さんと写真におさまったり、ダル投手の登板試合に行くなど幼少時より数々のF体験を重ねたのですが、立派なG&L党に育ってしまいました。お蔭で復刻版セレモニーや古城選手のG/S戦でのサヨナラ安打、G/D戦では落合夫人とご子息のすぐ近くに座るなどちょっと違った楽しみを味わっています。
Posted by 南の国から at 2012年03月03日 15:21
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