2012年02月18日

日本ハム‥ ドリフスターズ?

日本ハム球団の前身、東映・日拓時代の愛称は「フライヤーズ」でした。日本ハムになったの機に愛称を「ファイターズ」へと変更したわけですが、実はこれ、ファンから公募したものの中から決められたそうです。フライヤーズの頭文字「F」を意識させているのかとか、当初はそんな風に思ってたいたのですけど、単なる偶然の産物だったのですね(笑)

これにはさらに面白いエピソードがあります。公募によって選ばれたとはいえ、「ファイターズ」はそんなに人気が高くなかったそうなんです。1番人気は「ジャガーズ」、2番が「イーグルス」さらに「フェニックス」「ウィナーズ」「パンダーズ」と続いていき、ファイターズはなんと上から数えて10番目。

けっきょく大社義規オーナーや中西太監督らによる“選考委員”によって、この愛称が採用されました。「ファンの意見はどうなった?」という、若干のツッコミもしたくなってしまう心境ではありますが(笑)『闘志を持って戦うことが大切』 を理由として、ファイターズを選ばれたそうです。

勇敢でいかにも強そうな印象を受けるし、何よりこだまでしょうか?いいえ、響き です。「日本ハム」との相性もとても良く感じられますよね。今思うとファイターズという愛称が選ばれてよかった気もします。‥パンダーズじゃちょっと相手チームからナメられてしまいそうですしね(笑)


ただ、困ったことが一つだけ!マスコットの問題です。なかなか定着しなかったんですよね。だって「ファイター」ですもの。どのようにして闘志を“表現”させれば良いのか‥。現在は北海道に行って熊さんのマスコットがすっかり定着してますけど、あの当時は怪獣とか恐竜みたいなやつだったり、ボールがヘルメット被っているような、何か風変わりなものまでいました。馴染んでいった愛称とは裏腹に、球団マスコットの変遷を見ていると、苦悩の色さえ浮かんできます(苦笑)

思うに球団創設のころでしたら、いっそ等身大の張本勲さんの人形でも作ってキャラクラーにしてしまえば良かったんですよ。だって現役時代の張さんくらい、ファイターの名に相応しいお方はいませんし。これなんか見てください!


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「暴れん坊将軍」 がファイターズにいたんです!

が、 残念なことに肝心な子供ウケがあんまりよくなさそうでした(笑) こんな勇ましげな張さんをイメージしつつ、新愛称が決まった当時の、ツッコミどころ満載な?爆笑記事を“原文ママ”でどうぞ。



【日本ハムのニックネームは「ファイターズ」と決まったが、十二万八千五百余通という全応募の中には、いろんなものがあった。一人で三百枚ものハガキを出した奈良県の公務員(21)という“ファイター”もいたが、思わずふき出しそうになるニックネームも。

「サンドイッチズ」「ハムエッグス」「バイキングズ」‥‥などなど、ハムに直結するもの。大社オーナーもこのへんまでは笑顔だったが、「ドリフスターズ」をみて「まさにテレビの影響。恐ろしいものですね」と驚きの表情。

ともあれファイターズと決まったが、周りには「ファイトもいいが、乱闘を演じられては困るんだな」という心配げな声もあり。※朝日新聞1973.12/18 ハーフタイムより


ん〜奈良県の公務員21才さんがどんなニックネームを応募したのか気になります。まさか「300通り」のニックネームを考えたわけじゃないですよね?連絡ください(笑)

「ハムエッグス」 なんかいいじゃないですか。美味しそうで! ‥でも相手チームにペロリと食われちゃうわけにはいきませんからね。

もうドリフスターズだなんて‥。大社オーナーを困らせちゃいけません!(苦笑) 「日本ハムドリフスターズ」 ‥‥ うん、意外と聞こえはいいのですけどね。“ユニーク賞”は球団からいただけたでしょうか?

そして最後の「乱闘を演じられては困る」。たしかにこのころは血気盛んな選手が大勢いたようですけど、あまりそういった試合中の“武勇伝”的なことは聞きませんでしたね。張さんはもちろん、他に大杉勝男さん、大下剛史さんといった猛者たちも脇を固めていたので、ひょっとするとどこもファイターズ相手に乱闘を挑もうとする球団なんて、現れなかった可能性があります。あ、白仁天様もいらっしゃいましたね(笑)

日本ハムファイターズが誕生してまもなく40年‥
これからもずっと、“ファイター”な球団でいてください。



posted by 羽夢 at 15:56| Comment(4) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とりあえずファイターズがジャガーズにならなくて良かったですよね(^^;

だって横田チックですから(>_<)
Posted by ku-ma TAKA at 2012年02月21日 14:21
>ku-ma TAKAさん

はじめまして。
一瞬ピンときませんでしたが、女子プロの方ですよね!了解(笑)
Posted by 羽夢 at 2012年02月21日 21:02
羽夢さん、楽しい記事をありがとうございます。

張さん=ファイターってしゃれになりません。ご指摘の通り、フライヤーズ時代は「ファイター」揃いだったようで、特に東映ファンではない小生の母親でも山本ハチ?選手のことを「喧嘩ハチ」などと懐かしんでいるくらいですので、相当有名だったのでしょう。

打点王、本塁打王の大杉さんもテスト入団?みたいな経緯だったはずですし、大エース土橋さんは都立高校〜軟式野球出身など、ある意味で魅力的な選手が揃ったチームだったのではと思いますが、北海道へ移転した現在では想像もできないことでしょう。名護キャンプで見かけたのですが、今や年輩のご婦人の追っかけがいるような球団ですから。
Posted by 南の国から at 2012年02月28日 13:38
>南の国から様

>>山本八郎さん

当時のことを知る人に東映の話を聞くと、かならずといっていいほど山本さんの話がでてきます(笑)張さんの前の“ファイター”は間違いなくこのお方でしょうね。
少し気になったので調べてみましたら、現在は「消息不明」なんだそうです。お元気にされていたらいいのですけど‥。フライヤーズファンは皆、貴方のことを覚えています!
Posted by 羽夢 at 2012年02月28日 17:44
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