2012年02月10日

あえて、尾崎匡哉

今や一躍「時の人」となっているソフト部出身・大嶋匠。大嶋について触れるのは初めてで、少し緊張しております(笑)

2012年に入団した新人選手は全体的に『今シーズン中の1軍昇格は難しいのでは‥』と感じていただけに、仮に大嶋が戦力になってくれるようなものなら嬉しい誤算となります。話題を独占した例のホームランを映像を通して確認しましたが、ひじょうにシャープな振りをしますよね。それでいて力強い!

昨年のファイターズは左の代打陣が手薄な印象もしたので、まずはこの“攻撃力”を前面にアピールしていき、ぜひ開幕1軍入りを目指していってほしいと思います。


先日、お世話になっている方と「攻撃型捕手」についての話をしました。先述の大嶋も十分その資質はありそうですよね。2枚看板の大野奨太鶴岡慎也も決して打撃が悪いわけではありませんが、どちらかといえば下位打線に置かれる方が多いので“攻撃型”とはいえません。今のメンバーを眺めていて、中軸を任されていた経験もある高橋信二のような捕手に一番近いタイプは案外、尾崎匡哉なのかもしれませんね。報徳学園時代から打撃に定評があった選手で、2009年に内野手から捕手登録に変更されたのは有名な話です。

ところでなぜ尾崎が捕手にコンバートされたのか、その理由は知っていましたか?詳しい経緯を私はこの本で知ることができました。





驚きました。書店でパラパラと眺めていましたら、冒頭(プロローグ)からいきなり尾崎匡哉!それから中田翔・水上善雄前2軍監督の話へと続いていき‥ 『え!これは日ハム本!?』と、表紙に戻っておもわずタイトルの確認をしてしまいました。

この中に尾崎がコンバートに至った経緯、もう少し詳しく言うとそれを発案した水上氏の“答え”が記されています。本人のプライドだってあるし、ましてや専門性の高い捕手というポジション‥ なかなかスンナリとはいかなかったそう。その辺の苦労話や理由を知ってみたい方はぜひ本書に目を通していただけたらと思います。


現在はチーム事情から内野を守る機会も多いのですが、考えようによっては尾崎ほど心強い存在は他にいないですよね。「内野手もこなせてしまうキャッチャー」 飯山裕志も捕手経験があるそうですけど“場数”を多く踏んでいるのは間違いなく尾崎の方です。こういった選手がベンチにいると攻撃面でも守備面においても、バリエーションは豊富になりますよね。だからこそ尾崎にはしっかりと1軍に定着してほしいのですが、10年目の今シーズンはどうなるでしょうか。


ファンやマニアの間では「最高のドラフト」と名高い2002年のファイターズドラフト。今も主力として活躍する武田久小谷野栄一らがいた年の“ドラ1”が尾崎でした。尾崎がモノになれば、さらにあのドラフトの価値を高めてくれることになるでしょう。巻末に記されていた、いつも前向きな尾崎らしい言葉が印象的でしたので、最後に載せておきます。


『内野だけやっていたときといまとでは、全然感覚が違う。これもやっぱり、キャッチャーをやったおかげですよ』 エピローグより


≪追伸≫
「二軍監督」では水上氏の他に、山崎立翔(広島)高橋慶彦(ロッテ)鳥越裕介(ソフトバンク)川相昌弘(中日)高田繁(巨人)も取り上げられています。個人的には渡辺久信の熱血指導ぶり、栗山巧との秘蔵話やファイターズナインもお世話になった猿渡寛重氏のヤクルト2軍監督時代の話を興味深く読ませてもらいました。猿渡さんといえば、ハム狂の親父がいつも 『猿さんのノックは芸術的だ』と感心しておりました。東京ドーム時代の懐かしい思い出です(笑)



posted by 羽夢 at 23:07| Comment(4) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
羽夢様、いつもありがとうございます。おすすめの本、読んでみたいと思います。

尾崎選手は捕手登録ですか。不勉強でした。当時、東北高校?、高井投手とのお話が上手くいかずに、指名した高卒選手ですよね。この両選手がポジションを替えながらも頑張っているなんて非常に興味深いです。

個人的意見ですが、高井選手がFに入団しても外野手でやり直すようなことはなかったと思います。幅広く野球を愛するタイプでない小生も、昔の大杉選手のトレードの関係と在京球団ということで燕はいつも気になる球団のひとつです。今回も道すがら浦添キャンプを少しだけ覗いてきましたが、城石コーチがいきいきと活躍していました。あちらは監督も生え抜き?(すみません。現役時代の印象がありません)でチームの雰囲気がだいぶ違いますね。

栄光のドラ1、尾崎選手の飛躍を期待しています!

追伸:余談ですが、時間があるときに新旧年俸比較みたいな記事をお願いできませんでしょうか?大杉選手はF時代に2000万円に達していなかったような曖昧な記憶があります。昭和40年代後半は1000万円プレイヤー=一流選手、といわれていたように記憶しています。
Posted by 南の国から at 2012年02月13日 18:15
>南の国から様

こちらこそいつもありがとうございます。そうでしたね。あの年のドラフトは高井指名を匂わせておきながら直前に回避した、ハムお得意のパターンでした(笑)やはり左腕から繰り出されるあの豪球には夢を感じましたからね。投手として大成できなかったのは1野球ファンとして残念です。小川さんは現役時代ほとんど控えでしたからね。しかもヤクルトが強くなっていく前に移籍されてしまったので、南の国から様のように記憶にない方も、結構いるかと思われます(苦笑)

>>栄光のドラ1‥

なかなか野球選手の人柄までは伝わってきませんからね。私もこの本を読んで、尾崎選手の見方が変わりました。ぜひ究極のユーティリティプレーヤーを目指してほしいと思います。

>>追伸

たしか王さんがマックスのときで8000万くらいだったと記憶しているのですが、そう考えると大杉さんは随分安くおさえられていましたね(苦笑)わかりました。今度よく調べてみます。
Posted by 羽夢 at 2012年02月13日 21:54
失礼しました。小川監督、このブログ「意外なハムの人」で紹介されていました(爆笑)。一応、OBなのですね。F的には、名選手、名コーチとされている中西監督の時代が暗黒でした。監督の実績としては明らかに仰木>中西ですから、名選手必ずしも名監督にあらずでしょう。小川監督、頑張って下さい。交流戦や日本シリーズで対戦するとき以外は応援します。

年俸の件ですが、張本選手もF時代、3000万円に達していなかったと思います。当時は子供でしたのでよくわからなかったのですが、水原監督のライバル、三原氏を社長に据えて、東映色を一掃、大沢監督の時代に移籍組を起用してリーグ優勝に導いたのですね。あの頃は前期、後期でプレーオフをしていて、地上波で放送されていました。翌年は田淵、山崎らの移籍組を擁する広岡西武にやられましたが、楽しく思い出されます。
Posted by 南の国から at 2012年02月14日 00:32
>南の国から様

>>年俸の件ですが

あの当時、30年くらい前は1000万プレーヤーで一流プレーヤーの仲間入りといわれていた時代でしたからね。そう考えてみると、やっぱりさすがの張さんですよ(笑)東映色を一掃‥ そう言われれば聞えは悪くもないのですが、もしかしたら高年俸の選手を他球団に預けてしまう体質が、昔からファイターズにはあった可能性もありますね(苦笑)だってチームの顔と呼ばれた選手たちを、普通あれだけ短期間のうちに放出できませんよ。代わりに来た選手も(放出した選手と比べて)格下な感じも否めませんでしたし(笑)

>>小川監督

その記事のときに書いた「不安」がはからずも的中してしまいました(苦笑)でも小川さんには名将臭みたいなものが漂ってきます。指揮官たる者、小川さんのようにあまり前に出てこない監督の方が、逆にいいのかもしれませんね。
Posted by 羽夢 at 2012年02月14日 10:00
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。