2011年12月28日

ダルビッシュ有の思い出 VOL.4 ≪2008年≫


「逆境をバネにしたエースは無敵だった」


北京五輪、野球の日本代表に選出され、エース格の活躍を期待されていたダルビッシュ。当然のように初戦・キューバ戦のマウンドを託されたが、4回4失点で敗戦投手。日本は大事な試合を落としてしまう。このまさかの乱調で首脳陣の信用を失ったのか、以後メダルのかかった「大一番」でダルビッシュが先発で起用されることはなかった。


順調に歩んできた野球人生でのつまづき‥
失意のエースはキューバ戦終了後に、頭を丸めた。

晴天でも若干と薄暗い、北京・五棵松野球場。大差のついた負け試合で登板させられた、自身の「プライド」なんかはどうでもいい。国民の期待に応えられなかったこと、とにかくチームが勝てなかったことが、何よりも悔しかった。勝利に飢えた男の逆襲。帰国後、ダルビッシュの「無敵の行進」が始まった。



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ファイターズ“復帰”最初のマウンドは9月2日のホークス戦。五輪明けの久々の実戦となったが、いきなり圧巻のピッチングを展開する。6回2死から本多雄一にヒットを許すまで無安打投球。トータルでは96球を投げて打者27人、被安打はわずか1本。余力を残して8回で降板した。

この試合で決勝本塁打を放ったのが同じ「北京組」の稲葉篤紀だったのは、決して偶然ではなかっただろう。ダルビッシュがお立ち台で心地よい汗を拭う。そしてこう言った。


『やっぱり札幌ドームのマウンドは投げやすい』


ダルビッシュの勢いは一層加速していく。同9日のライオンズ戦でも8回を投げて被安打3の自責点は1。奪三振はエンジン全快の12個を記録。「ペキンの悪夢」を完全に払しょくした。

次のバファローズ戦は4失点と打たれはしたが、完投勝利もマーク。22日のホークス戦ではふたたび危なげのない投球をみせて自己最多タイとなる15勝目を飾ると、ホーム最終戦となった29日のマリーンズ戦にも勝って、この月だけで5勝。

「投げれば勝つ」エースの神がかりな投球で、一時は危ぶまれていたチームのクライマックスシリーズ(以下CS)進出にも大きく貢献した。


しかし、本当にダルビッシュが「神」の投球をみせたのは、このCSのときだったかもしれない。思うように投げられなかった“あの夏”の分まで取り戻したいと言わんばかりに。

バファローズと激突した第1ステージ初戦では力感あふれる投球を披露。139球を要して1失点完投勝利。奪三振はポストシーズン歴代最多となる【14】を数えた。レギュラーシーズン3位だったファイターズに、勇気を与えてくれた白星。

中6日の登板となったライオンズとのファイナルステージ第2戦。前日大敗を喫して、チームのムードとしてはあまりよくない中での登板となったがダルビッシュはこの日、ある「テーマ」を掲げていた。


『今日は絶対的な投球で相手にダメージを与えようと思った』


三振の数は9回で6と減ったが、150キロ近い破壊力抜群の「ツーシーム」が猛威をふるい、何度も相手のバットをへし折った。ライオンズ打線をまったく寄せつけず完封。これが激動だった2008シーズンのフィニッシュ。

最高の舞台で、最高な投球をしたダルビッシュがお立ち台で発信した言葉には、心がこもっていた。


『追い込まれれば追い込まれるほど、楽しくないですか?』


異国の地で一度落ちたエースは、またたくましくなった。

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posted by 羽夢 at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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