2011年12月21日

ダルビッシュ有の思い出 VOL.3 ≪2007年≫


【スライダー投じていたら】


2007年11月1日、ナゴヤドームで行われた日本シリーズ第5戦。ドラゴンズに先制を許してしまった2回1死2・3塁、打席に7番の平田良介を迎えたシーン。まったくダルビッシュ有の変化球のタイミングに合っていなかった平田に最後は145キロのストレートを投じ、ライトまで運ばれてしまった(犠飛)。勝負を焦ったか、それとも見せ球にするつもりだったのか。早々と追い込んでいながらの、悔やまれた一球‥

「2007年最強説」もあるように、通常のダルビッシュのストレートであれば、力でねじ伏せられる可能性はあった。しかし、前回登板(同第1戦)で133球を投げきっての完投勝利をあげている。そこからペナントレースでは経験のない、中4日での登板。球威・球速が“通常”のそれではないことが、誰の目から見ても明らかだった。


「たら・れば」はスポーツ界において、使用してはならない。それでも意地が悪い筆者は、あの局面で【ダルビッシュがスライダーを投じていてたら】なんて、今になっても空想してしまうことがある。

もし、あのまま0-0のスコアでいっていたら、周知の山井・岩瀬の「完全リレー」だって起きなかっただろうし、もし、ファイターズがあの試合に手にするようなものなら、シリーズの形勢さえも大きく変わっていたかもしれない。‥そんな風に考えてしまうと、ファイターズ側からみればとてつもなく重い失点、重い一球だった。


ただ、ダルビッシュを責めることは誰もできない。失点は結局その1失点だけ。あえて云うなら敗因はドラゴンズ投手陣を打ち崩せなかった、打撃陣の方にある。エース級の投手は調子が良くなくとも『悪いながらの投球をしなければならない』なんて言葉をよく耳にするが、この日のダルビッシュは“悪いながらの”の域を超えていた。

走らない直球の代わりに、多彩な変化球を駆使して7回を投げて被安打5、2試合連続となる2ケタ奪三振(11)。2回以降はピンチらしいピンチもなかった。まさに「孤軍奮闘」、ドラゴンズの前に立ちはだかった。


ドラゴンズにポストシーズン唯一の土をつけた(アジアSを除く)1戦目の力投も忘れられない。序盤は150キロを超えるストレートを多投して完璧に封じこみ、中盤以降は変化球を決め球にして目先を変えた。ダルビッシュがあげた1戦目のみの勝利で、ファイターズはシリーズを終えた。

≪続く≫
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posted by 羽夢 at 19:27| Comment(2) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
羽夢さん
ダルビッシュの惜別特集を感慨深く読まさせていただいています。
羽夢さんは、埼玉との事ですが、私は大阪です。
なんで、阪神ファンにならずファイターズファンなのか、私自身不思議に思います。
もうかれこれ20年以上も、応援していますが、きっかけは、柴田保光投手でした。
彼のストイックな姿勢に、なぜか惹かれ気がついたらファンになっていました。
ファンを長年やっていますと、おのずとマニアックになってしまいますが、ファイターズは、歴史ある球団ですが、スーパーエースがいません。
正確に言うと、200勝以上の生え抜きがいないのです。
確かに、尾崎、土橋、高橋直、木田、工藤、西崎と知名度のある投手はいましたが、どの方々も200勝は届いていません。
そう言う意味で、ダルビッシュには大変期待していました。
実績ある生え抜きを放出するケースが多い球団ですから、是非ファイターズで野球人生をまっとうして欲しいと、勝手ながらに思っていました。
しかし、あれだけの投手ですから、今のご時世、世界に旅立ちますよね。
もし、もしも、日本球界に戻ってくるなら、ファイターズを選らんで欲しいし、球団も、お金を出し惜しみする事なく、ダルビッシュを獲りに言って欲しいものです。
まだ、早いかも知れませんが、ダルビッシュ今まで有り難う。
夢を有り難う。
Posted by 黒猫 at 2011年12月21日 22:17
黒猫さま、大変ご無沙汰しておりました。
お住まいは大阪でいらっしゃいましたか。たしかに西の方で熱烈にファイターズを応援している人とは、まだお会いしたことがないですね(笑)

>歴史ある球団ですが、スーパーエースがいません

もの凄い面々ですね。その中だと土橋投手と高橋直投手以外は現役時代、故障に泣かされ続けましたね。故障さえなければ結構いい線までいってたと思うのですが‥。柴田投手は私もファンでした。安定感は西崎投手以上に感じましたが、なぜか勝ち星に恵まれない(泣)ご病気も含め、少し悲運な投手ではありました。

>ダルビッシュには大変期待していました

はい‥。私もダル投手が「メジャーに関心がない」発言をされていたときは、本当に拝むような思いでした。でもあれだけの投手になってしまいますと、やはり向こうで腕を試してみたくなる気持ちも分からなくもないですし、複雑な気がします。

ですので、以前も書きましたけど、何とか来年までいてもらいたかった(笑)そうしたらプロ通算100勝も達成していただろうし、日本での「一区切り」はついたと思いますので。 すみません、私もくどいですよね‥
Posted by 羽夢 at 2011年12月22日 00:12
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