2011年12月17日

ダルビッシュ有の思い出 VOL.2 ≪2006年≫


『最後はストレート』

“締め方”が最高にかっこよかった。この日138球目に投じた渾身の直球は150キロを計測。大村直行のバットが空を切った‥



2006年のプレーオフ(現クライマックスシリーズ)第2ステージ初戦。試合が始まるまでは不安でいっぱいだった。ファイターズはこの年レギュラーシーズンを1位通過していたが、それまで1位で通過したチームがプレーオフを勝ち抜いた例がない。1勝分のアドバンテージもあったとはいえ、実戦から遠ざかっていたファイターズに対し、直前の第1ステージでライオンズをくだし、勢いに乗るホークスが相手。

プレッシャーのかかる初戦のマウンドを託されたのが、ヒルマン監督いわく『大舞台に強い』ダルビッシュ有だった。二桁勝利をあげていたが、まだ当時高卒2年目の投手。緊張しないはずがない。案の定、堅さからか変化球の制球があまりよくなく、初回に早々と失点してしまう。ここから「ストレート」主体の組み立てに変えたことが功を奏し、徐々に本来の調子を取り戻していく。


ダルビッシュのストレート‥


プロ入りからこの年の前半くらいまで“7色の変化球”をあやつる、どちかといえば「軟投派」のようなイメージもあったダルビッシュが『身体の状態がよくなった』という夏場以降、ストレートの威力が急激に増していた。9月の終わりに初めて中継ぎとして登板をしたとき「150キロ超え」を連発、直球で押しまくる投球は完全に「力投派」の姿だった。


中盤にファイターズ打線がホークス先発の杉内俊哉をとらえて逆転。ダルビッシュは8回までを投げ終えて、6被安打5四死球を与えながらも許した得点は初回の1失点のみ。しかし、球数はすでに120を超えていた。得点差は2点。本来ならセーブ王・マイケル中村の救援を仰ぐケースも十分考えられたが、ダルビッシュの続投。

先頭の稲嶺を左飛に打ちとり、続く代打・城所に左前安打を許す。1死1塁。この場面で珍しくヒルマン監督がマウンドのダルビッシュの元へ駆け寄ってきた。


【ここまでか‥】


継投が一瞬脳裏をかすめたとき、スタンドがざわつき始める。それはブーイングのようにも聞こえた。集まった内野陣に一声二声かけて、ベンチに戻っていく監督の姿を見届けると、一斉に拍手が沸き起こった。みんながダルビッシュの「完投」を望んでいる!観客の想いが一つになった。


『頑張れ!頑張れ!ダルビッシュ』


今まで聞いたこともないような大声援。この声援をバックに、ダルビッシュの球が唸りをあげだす。続く川崎は3球目を打って内野ゴロ、2死2塁となって打席には2番・大村。25年ぶりのリーグ優勝王手にまで、あと1アウト‥



あらためてモニターでよく見てみると、うっすらを口髭をたくわえている。ハタチのそれとは思えない、精悍な顔つきをしていた。大舞台で絶対に落とせない一戦。すべてを託した首脳陣と完投を願ったファン。それに応えたダルビッシュ‥

F党宣言!の著者・えのきどいちろう氏が本の中でこの日のダルビッシュをこう讃えていた。「エースに成長した」 と。

≪続く≫
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posted by 羽夢 at 18:59| Comment(1) | TrackBack(0) | FSコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一文一語たりとも無駄がないですね。感服します。
Posted by 東京ハム at 2011年12月18日 12:35
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