2011年11月09日

ドラフト1位の半分憂鬱‥


「巨人」「浪人」「ドラフト1位」 

キーワードはこの3つ。澤宮優著によるドラフト1位---九人の光と影、この本の終盤で紹介されていた2人の元野球選手。荒川尭・小林秀一についての記述が、どこか今の「菅野問題」とリンクしている部分が多いような気もして、色々と考えさせられてしまった。


まず小林秀一という選手。また違った視点でみると日本ではかなり有名な“元プロ”ではない、元野球選手だ。なんといってもアノ巨人のドラフト1位(1973年)を蹴った、現在まででたった一人の男なのだから。

愛知学院大ではエースとして名を馳せたが、当初からプロ入りする意思はなかったのだという。そこで獲得に意欲をみせる球団に対しては指名をしてこないように、自らその意思を伝えておいたが、事前に挨拶にも訪れなかった巨人が強行指名してきた。

この“事前挨拶がなかった”は最近になってまたよく耳にするフレーズだが(あるお方の口から特に)本人の話によると、それよりも『ウチ(巨人)なら絶対入団してきてくれるだろう』という、そこに“驕り”みたいなものがあるのを感じ取ったそうだ。

V9を達成した球界の盟主、小林と同郷(熊本)でもある川上哲治監督の存在といい、たしかに入団の傾きかけた時期もあったらしいが、最後は「将来アマチュアで指導者になる」という自分の夢を、意思を貫き通した。

この小林秀一のケースを「菅野問題」に当ててみる。

ルールに乗っ取ったものとはいえ、北海道日本ハムが巨人“志望”の選手を半ば強行指名してしまったのだから、球団幹部は“驕れる”はずもなく、誠心誠意を持って今後本人サイドと交渉に挑んでいくと思う。それが菅野に届くかどうかは分からない。本人の意思は尊重しつつ、ただ球団側も指名に至った思いの丈は伝えていってほしい。


それから荒川尭(たかし)。結論からいうと、小林同様にドラフトには翻弄されながらも、自分の意思を貫き、願いは叶った。が、「しかし」と言わざるを得ないのが、荒川の悲しき野球人生‥



早大時代はスラッガーとして鳴らし、ドラフト上位候補としてその名前が挙げられていたのは1969年。荒川には希望する球団があった。巨人とアトムズ(現東京ヤクルト)。この2球団以外は入団拒否の姿勢を打ち出していた。

この年のドラフトは現行の制度と違って「指名する順番をクジで決める」といったもの。つまり、クジの番号がよかった球団から、好きな選手を指名していけるのだ。※現在のように欲しい選手が重複してもクジで争うことはできない

あいにくお目当てだった巨人とアトムズの指名順は下の方。それならと、指名順が上位の大洋(現横浜)が先に荒川を1位指名してしまった。

大洋に「荒川獲得」の勝算はあったそうだが、もちろん荒川が振りむくことはない。そこで今でいう“浪人”するような形でアメリカに野球留学し、翌年のドラフトを待つこととなった。

その最中、荒川が大洋ファン(定かではない)の暴漢に襲われてしまうという、痛ましい事件が起こってしまった。入院を余儀なくされ、またアメリカに渡った経緯はこれが理由だという説もある。

結局、翌年のドラフト前に一度大洋に入団をし、直後にヤクルトへトレードしてもらう形で、荒川の一年越しの夢は叶った。

晴れて“希望していた球団”でプロ野球選手となった荒川。だが、暴行された際に負った目の負傷は後々まで彼を苦しめ、プロでは満足に野球をすることもできなかった‥

彼の選択が間違っていたとはいわないし、そもそも“正解”なんてあるのかどうかも分からない。ただ、あの時「運命」に身を委ねていたら、もっと長く野球をすることができたかもしれないし、まったく違う人生が拓けていた可能性もある。


道に迷ったとき、どちらの道を選択すればよいのか‥ それを捉える“タイミング”が本当に大事で、まだ20そこそこの選手に決めさせるのは、なんだか酷なようも気もしてくる。ただ、あとになって悔いを残さないようにするには、最後は自分自身で決めることが何よりも大事だ。その点、荒川は自らが選んで進んだ道に、おそらく“後悔”はしていないだろう。

これは今の「浪人かプロ入りか」で揺れる菅野智之にも、そのまま同じことがいえてくる。大学最終年は球も走り、好調な成績で終えて肉体の“タイミング”としてはベストだろう。あとは色んな葛藤を乗り越えて、精神がそれに付いてこれるか。

北海道日本ハム側と初めて向き合ったあの日の心境を菅野は「フラット」と言った。フラットを辞書で引くと【平らであること。起伏がないこと。また、そのさま。平坦】とある。まだ「気持ちに変化がない」ということなのかもしれないし「一度まっさらにしてみる」といった意味にも取れなくはない。

夢を追って悔いを残さぬ道を選ぶのか、それともドラフトの「運命」に身を委ねてみるのか。菅野の決断に注目したい。

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posted by 羽夢 at 21:54| Comment(6) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。
菅野投手は周りの意見は参考程度にしておいて、自分で納得のいく結論を出して欲しいですね。
でもあの年代って、なかなか冷静に物事考えられないんだよなぁ…。

ところで、澤宮優氏の本は大好きです。『ドラフト1位』も読みましたし、最近では『ドラフト外』という本も…。澤宮氏らしい渋い人選でした。取り上げたい選手が重なる時があるのは困りものですが(苦笑)。
Posted by EILEEN at 2011年11月10日 10:03
EILEENさん、こんにちは。
たしかにありますね‥重なってること(笑)どれも分かりやすいですし、王道をいく内容ではありますね。個人的には「毒」ではありませんが、もう少し踏み込んでいって欲しいと感じる時もあります。今回のドラフトの件についても是非触れていただきたいですね。

>でもあの年代って、なかなか冷静に物事考えられないんだよなぁ…

そうですね。自分に置き換えてみましても、当時は人の意見に振り回されて今思うと後悔だらけですもん(笑)菅野投手も周りに偉大な方がいるようなので大変みたいですが、どちらにしても悔いのない選択をしてもらいたいです。
Posted by 羽夢 at 2011年11月10日 10:42
コメント失礼します

過去の件を今回の菅野の件にあてはめるのも無理があると思います。彼は原監督の甥ですから。
私は今回の件で日本ハムに対して恐怖感が有りました。血縁関係で憧れている球団が有る選手に対して
指名をしてくるわけですから。ルールは破っていないが暗黙の了解を破ったというか、絶対踏み込んではいけない聖域に入ったというか。試合で大量リードしている際、盗塁をしてはいけないとかありますよね。
これから巨人と日本ハムの関係は悪くなると思われますが、菅野は巨人と敵対するチームに入団するのかなあ?わたくし個人的には、菅野選手はとても耐えられないと思いますが、どうなることでしょう。
Posted by lui at 2011年11月19日 02:18
lui様、はじめまして。貴重なご意見ありがとうございます。
まず仰られていた“恐怖感”とか“聖域”に関してましては以前語らせてもらったので、そちらも参考にしてもらえればと思います。
野球に詳しいlui様ならご存知かと思われますが、ここで登場してくる荒川選手も、お父様がジャイアンツのコーチを務められていたとかで、いわば血縁関係があったそうです。それを知った上で大洋が強行指名をしてきたのは今回のハムの件にも共通するものがあるかなと。

いずれにしても難しい問題ですよね。菅野投手にとって最善となる選択をしていただきたいと存じます。
Posted by 羽夢 at 2011年11月19日 11:10
ドラフトを巡っては今も昔もエピソードに事欠きませんね。荒川選手の現役時代を知っていますが、王選手を指導した荒川博さんの養子?でしたね。荒川博さんは、土橋正幸さんと同じく、東京出身ということもあり、親しみを感じていました。

記事がずれていますが、梶本投手の時代に阪急で指揮をとられていた西本幸雄さんが、お亡くなりになったとのこと。昨年の大沢監督に続き、パリーグを沸かせた名監督がまたひとりお亡くなりになり、ファンとしては寂しい限りです。ご冥福をお祈りいたします。
Posted by 南の国から at 2011年11月27日 17:59
南の国から様、こんばんは。

>荒川選手の現役時代を知っていますが

そうでしたか。かなり将来を嘱望された選手だったそうですね。プロではそのケガの影響もあって大成できませんでしたけど、第2の人生では成功を収めたそうです。

>西本幸雄氏
はい、突然のことで驚きました。最初に優勝をさせた球団が「大毎」ですからね。私みたいな若輩者にとっては偉人のような方でした。ご冥福をお祈りいたします。

>梶本隆夫氏 
通算254勝255敗。とても馬力がありそうなピッチャーですね(笑)お亡くなりになられてもう5年が経ちました‥
Posted by 羽夢 at 2011年11月27日 22:48
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