2011年11月06日

【プロ初ホームランの向こう側で】 -小笠原道大-


『クラさん、お元気ですか』

現在はCS放送やインターネットの普及のお陰で、お茶の間でもプロ野球が全試合見れるようになった。ほんの少し前まで実際にスタジアムに赴く以外、私には観戦する術がなかったので、比較的家からは遠いマリンスタジアムでの試合においては、テレビ観戦する機会の方が圧倒的に多かった。そんなわけで、千葉テレビ(CTC)は昔からよく見ていたのだが、当時解説を務めていたのはほとんど試合で倉持明氏だったような記憶がある。

あの方は見た目もかなり怖いのだが、喋らせたらもっと怖い。試合中(解説中)にキレることもしばしばあったし、ロッテが劣勢になるとあからさまに不機嫌になったりもする‥。なぜかこっちまでもヒヤヒヤした。関西地区にはわりとそういった感じのお方が多い印象もあるけど、関東ではあまり目にしないタイプの解説者だった。私がこれまたよく世話になった、ソフトな語り口がウリの(?)テレビ埼玉・宇田東植氏とはまるで対極していたような、倉持氏の奔放な解説っぷりは、それはそれで楽しかった。


テレビ埼玉で宇田氏の後任だったか、一時期日本ハムOBの嶋田信敏氏が解説を務めていたこともあった。嶋田氏はなんていうか、現代風でいうならば‥ ちゃらい? 日テレの中畑清氏とか宮本和知氏とか、あぁいった感じともまた違う。どこか「ダルそうな」語り口が特徴的だった。もちろん本人に“その気”はあるのだけれど。今でこそ「ちゃらい」喋り方をする解説者はたくさんいるけど、当時はあまりいなかったせいか、慣れるまで多少の時間を要した。


ちょうどそんな頃、この嶋田氏解説の試合で忘れられない試合がある。
小笠原道大が記念すべきプロ第1号を代打で放った1998年、七夕の夜。一見、強打者にも捕手にも見えない、髭もない。華奢だったガッツの驚愕アーチ。今でも鮮明に覚えている、東京時代からのファンの方は多いと思うが、ちょっとこのシーンを振り返ってみた。



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橋上とか小川とか、懐かしい名前がたくさん登場してきているけど、ここでは近鉄のピッチャーの方に注目してもらいたい。背番号「21」の盛田幸妃。小笠原の打席時、嶋田氏は盛田の投球を見て『かったるい』と表現していたが、それもそのはずだ。この時期に盛田が侵されていた脳腫瘍はかなり進行していて、足の痙攣などといった症状もひどかったらしい。小笠原に第1球を投じた時も、その様子は垣間みてとれる。本来なら野球をするどころの騒ぎではなかったはずなのだ。それをひた隠し、懸命に投げ続ける盛田の姿‥。あらためて今見てみると、色々と考えさせらてしまうものがある。


‥と、嶋田氏の解説は“どこへやら”といってしまった感じなのだが、この同点劇直後の解説?がなかなか面白かった。OBの嶋田氏に対して、2年目のガッツは一切挨拶をしてこなかったそうだ。本人もそれを少し気にしていた様子だったが‥。もしかするとガッツは嶋田氏のことを「元野球選手」だったという、事実すらも知らなかったのではないか?そんな風にも思えてきてしまい、なんとなく両者らしいエピソードだなぁと、笑ってしまった。

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posted by 羽夢 at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 野球雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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