2011年10月13日

【10月13日】 -栄光へ、結実-


「10.19」

ひょっとしたら【あの日のバファローズファンと同じような心境になっていたのではないか?】そう想いを馳せることがあります。


1980年10月7日。この試合に勝つか引き分けで、無条件で後期の優勝が決まる、運命のシーズン最終戦。先制をしながら、それまで22勝をあげていた2番手の木田勇が球のキレを欠いて、5失点KO。ファイターズはその試合に敗れてしまい、優勝は持ち越し。結果、息を吹き返したバファローズが残りの西武戦に連勝して逆転優勝をはたしました。

翌年、優勝決定戦(プレーオフ)に駒を進めたファイターズはロッテと激突。2勝1敗1分、19年ぶりのリーグ制覇まであと1勝。ファイターズの先発は木田でした。本調子ではないながらも、6回途中までを4失点で乗り切って、勝利投手。1981年10月13日。前年“あと1勝”に泣いたファイターズが、今度は木田の手によって栄光をつかみました。

翌年にペナントを勝ちとったところも10.19のバファローズとも似ているし“投”の主役だった阿波野秀幸は、前年の雪辱に燃えた、あの時の木田ともどこか重なってみえます。


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日本ハム球団となってからは1981年が初めての優勝でした。ビールかけに参加していた当時のオーナー、大社義則さんの嬉しそうなお顔が目に浮かびます。かつての沢村賞投手にして別の名を優勝請負人、アノ江夏豊を獲得しにいったぐらいですからね。この年の「本気度」がうかがえます。

木田や江夏以外で他に在籍していたメンバーはV9時代の左腕エース・高橋一三や“負けない男”の異名をとった間柴茂有、ノーヒッター・成田文男にマッシーこと、村上雅則。打つ方でも“キャプテン”柏原純一に、サモアの怪人・トニーソレイタ、さらには代打職人・井上弘昭。そして、この泥臭い連中を束ねた指揮官が大沢啓二‥。往年の野球ファンだったら、名前を聞いているだけでヨダレが出てきてしまいそうな、なんか男のロマンみたいなものを漂わせてくれる面々です。

後楽園決戦となった日本シリーズでは巨人に敗れ、結局この年以降は周知のとおり、北海道に移転するまで一回も優勝することができませんでした(後期のみ優勝なら82年にあり)。それだけにとても思い入れのある、忘れがたき1981年のリーグ優勝です。もし当時のメンバーが皆全盛期の頃だったら、巨人なんか目じゃなかったでしょうね(笑)


PS.
今シーズンの順位が決まりました。当面の目標でもあった「CS本拠地開催」に向け、ボロボロになりながらも最後は這いつくばって、何とかゴールに辿りつくことができました。CSでは地元ファンの力強い声援が後押ししてくれるはずです。

もう9月はそれこそ「泥沼」でしたので、これ以上チーム状態が悪くなることはないと思います‥ 思いたいです。CSまでは故障者はリフレッシュして、また若手選手の可能性を見極める期間にあてていきたいですね。選手・スタッフ・ファン、3者一丸になって2位からの日本一を目指していきましょう!
posted by 羽夢 at 15:21| Comment(2) | TrackBack(0) | あの日のFS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
この試合の模様は本で読みました。正に激戦ですよね。リアルタイムで見たかったなぁ。木田投手が被弾して、マウンドで膝から崩れ落ちている写真も見ましたが、やはりあの時の阿波野投手とダブりましたね。

両者共に悔しさをバネに翌年に雪辱。ドラマですね〜。
Posted by EILEEN at 2011年10月16日 22:40
いつもお世話になっています、EILEENさん。
同じ左で体躯も細身、ストレートのキレで勝負するタイプ、変化球も落ちる球が主体(木田投手はパーム、阿波野投手はスクリューでしたっけ)共通点は結構多いんですよね。

少し違ったのは木田投手は翌年の日本シリーズで打たれてしまいましたけど(苦笑)。できることならば一度木田投手の投球をこの目で見ておきたかったです。
Posted by 羽夢 at 2011年10月17日 11:46
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