2011年09月16日

【9月16日】 -サヨナラホームランの“味”-

私の家の近くにはドン・キホーテがあります。よく思うことがあるのですが、どうしてあそこはいつも“アベック”が多いのでしょうか?何かソレ系のグッズとかでも置いてあるのですか?(失敬!)まぁ、私は独身で一人で買物に行く機会の方が多いで、余計にそう感じてしまうだけかもしれません。

そんなアベックたちに聞いてもらいたいのですが、どうも「結婚」をするという行為は「サヨナラホームラン」を打った時の心境と、通ずるものがあるみたいなのです。前述のように私には経験がないので(サヨナラホームランも含めて)それがどういった意味なのかは、まだ理解できていませんけど。‥経験者の方、わかりますか?


『サヨナラホームランは初めて。結婚した時のような感じ』


これは今から26年前の今日、後楽園球場の南海戦で矢野実投手から生涯初となるサヨナラ本塁打をライトスタンドに叩きこんだ、マイク・パターソン選手が試合後に残したコメント。 ※9-7 勝:川原 敗:矢野 本塁打:(H)山田・湯上谷・山本・ドイル (F)クルーズ・岩井・パターソン

名前“P系”は何となくP・パットナムのイメージが強いし、“マイク”はイースラーがあまりに有名で、ハムファンでも彼のことを記憶している人は、そう多くはないかもしれません。

このパターソンは自らを売り込むためにわざわざ自費で来日し、テストまで受けて入団に至ったという、当時としては異例なアメリカ出身の外野手。在籍していたのはこの1985年の1年間のみ、それも「第3の外国人」扱いだったので、1軍と2軍を行ったり来たりしていました。

9月の半ばという、時期的にも来季への生き残りをかけて“当落線上”にいる外国人選手は皆、最後の追い込みをかけてきます。パターソン唯一の“見せ場”となったサヨナラ弾も実は代打によるもので、必死にアピールをしようとしていた中で放った一撃でした。

残念ながら翌シーズンの契約は勝ちとれませんでしたが、それでも88試合の出場で16本塁打も放ったのだから、そこそこの長打力は兼ね備えていました。その後の足取りは分かっていませんが、年齢もまだ当時27才と若かったので、どこかで野球は続けていたのではないでしょうか。


いつのまにかそのパターソンの年齢を超えてしまいました‥。私もなるべく早いうちにその「結婚=サヨナラホームラン」という心理を、少しでも味わってみたいと思います。まずはとりあえず、一緒にドン・キホーテに行ってくれる人から探さなければ! にほんブログ村 野球ブログ 北海道日本ハムファイターズへ
posted by 羽夢 at 00:27| Comment(2) | TrackBack(0) | あの日のFS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。

我が家の近所にもドンキホーテはありますが、あまり行かないですね〜。なんというか、あの息苦しい店内がどうも苦手で…。

結婚はサヨナラホームラン…。うーん、どうなんでしょう(笑)。私の場合はプロ入り初先発のマウンドに向かう投手の心境でしたかね。
結婚は終わり、ではなく、出発だと思ってます。私、随分つまんない事書いてますね。恥ずかしいな。

さて本文中にあった矢野実投手。懐かしいです。あの手投げのようなフォーム。投げるボールの九割がスライダーという選手でしたね。
Posted by EILEEN at 2011年09月16日 08:46
>EILLENさん

なるほど、初先発に向かう心境ですか。なんとなく私でもわかるような気がします。それから出発!とても素敵な響きです。たしかに結婚してからの方が道のりは長いわけですからね。‥って、私も何を語りだしているんでしょう(笑)

南海はこの後のユニフォームでしたかね。濃いグリーンのを着用していた時期がありましたよね。あれ好きだったんですよ!加藤伸さんや森脇さんなんか、一層渋みを増して格好良かったですよね。というか、この当時南海にいた外国人選手、ドイルにナイマンですか?さすがの私もほとんど記憶にないです‥(笑)
Posted by 羽夢 at 2011年09月17日 00:24
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