2011年08月01日

意外なハムな人 【小川淳司を熱く語る】

いつもはあまり目にすることのないセ・リーグの順位表に、何気なく目を向けてみました。(あ、ファイターズの“3タテショック”逃避”ネタではございませんから)スワローズが2位・タイガースに7.5ゲーム差をつけてぶっぎりの首位(8/1現在)。しかも2位以下のチームはすべて借金を抱えてしまっている“惨状”なのですね。これには驚きました。たしかに戦前の予想では先発陣も揃っていて、中継ぎ以降の投手もよい、それに昨シーズン後半の快進撃もありましたし、優勝候補にスワローズを挙げている評論家も結構いました。それでいて打つ方も主砲・畠山、新外国人のバレンティンが想像以上の活躍!とくれば現在の順位も頷けるような気がします。

スワローズの断ぜん有利に感じるけど、不安材料があるとすればペナントレースの長丁場をずっと上位で居続けた「経験」のないチームなので、佳境を迎えた時にいかに『普段通りの野球をできるか』 これに尽きるんじゃないかと思います。数年前、優勝争いに慣れていなかったファイターズも後半戦はカチコチに堅くなってしまい、急失速してしまった‥ なんてシーズンもありましたからねぇ。

そこは選手を束ねる監督手腕の見せ所であったりもします。監督は新米の‥小川淳司!就任が噂されていた頃は『地味すぎる』とか色々言われていたみたいだけど、いざ蓋を開けてみたら監督就任以降の通算成績、99勝62敗14引分(代理時代も含む)。勝率.615の名将だったのだから分からないものです。

監督業に“人気”が不必要であることが裏付けされているようなデータにもなりましたが、現役時代も決して「華」があった選手でもありません。主に守備固めなどで起用された、どちらかといえば名バイプレーヤー的な存在でした。ただ、過去の歴史を振り返ってみても“名将”と呼ばれた監督は意外とそういった系統の選手の方が多いんですよね。ベンチで出番を待つ時間も長かったせいか、野球全体を見渡せていいのかもしれません。スワローズファンは期待していいんじゃないですか。


そんな小川監督が現役時代の最晩年、ファイターズに在籍していたことがありました。おそらく当時監督だった土橋正幸氏に承れて1992年にスワローズから移籍。その1年間だけの在籍で、しかもその年ほとんど出場機会もなかったので、筆者もほとんど記憶にありません。当時小川姓の選手がもう一人いたので(浩一)そちらの「オガワ」の印象の方が強く、ファイターズでは地味どころかまるで“幻”みたいな選手でした(笑)

浩一のせいで応援は『ジュンジ』コール。オガワときいてジュンジを思い起こす人はいません。当時ジュンジといえば高田でした。唯一、筆者がおぼろげに覚えていたのはオリックス戦で山沖之彦からホームランを打っていた、そんな記憶。最終回に1点差に迫る2ランを放ったんだけど、結局その試合も敗れていたと思います。でも、またそんなところもジュンジらしくていいw


待望だったファイターズの淳司をようやく見ることができました。それは1992年の開幕戦の時の映像。この試合は「柴田保光の開幕勝利・マーシャル初打席初本塁打・土橋新監督の涙‥」 とても印象的な試合でした。筆者はたしかにこの試合を観戦していたのに、淳司が試合に出ていた記憶がまったくありません。あらためて確認してみると、その日はスタメン出場していたのにも関わらず。さすが幻!(笑)相手が左の工藤公康だったこともあると思うけど、土橋さんも淳司の打棒に期待していたんですね。


いったんコマーシャルで〜す?

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‥小川さん、オレンジより今の濃紺のユニフォームの方がよく似合ってますよ(笑)秋には“古巣”と対戦することができればいいですね。


posted by 羽夢 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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