2011年07月22日

【7月22日】 昭和版・日ハム1の球宴男

今年もオールスターの季節がやってきた。以前ほど興味も薄らいできたが(お陰さまで近年はペナントの方が好調なので)ファイターズ戦士の動向はやはり気になるところではある。だいぶ前にも書いたような覚えはあるが、この晴れの舞台で一気に顔と名前を売るチャンスなのに、昔からファイターズの選手はなかなか活躍できずにいた。1982年に柏原純一がMVPを獲得してから、20年以上にも渡ってファイターズからMVP選手は現れていない。ようやく2004年に派手なホームスチールを決めたSHINJOが獲得したけど、それ以降また音沙汰なし。(2009年に高橋信二があと一歩のところまでいったが‥)2011年は3試合もあり、8名も選出されているので後半への景気づけに、是非ともファイターズの選手には頑張ってもらいたいと思う。


今日は7月22日。例年この時期にオールスターが行われているのだが、31年前の今日、1980年7月22日は後楽園球場でのオールスター第3戦が行われていた。この日の全パの先発を務めたのは、前半までに早くも11勝をあげ、まさに飛ぶ鳥落とす勢いだったファイターズのゴールデンルーキー・木田勇

対する全セの先発が巨人の江川卓。江川が3回を打者10人に1安打7奪三振とパの強打者を圧倒すれば、木田も負けてはいない。得意のパームにカーブ、変化球を主体に3回を被安打1の零封投球。大いに江川を意識していたという木田は昭和の怪物とも互角に投げあった。

実は第1戦の西宮球場でも木田は投げている。ファン投票1位で選出されただけに「顔見せ」の意味合いもあったかもしれないが、最終回のあとワンアウトという場面で全パの西本幸雄監督は木田を登場させていた。最後の打者はなんとあの王貞治。さすがの木田も偉大な打者を前にビビったのか、いきなりカウント0-3とボールを先行させてしまう。しかし強心臓ルーキーはここで尻ごみせず、真っ向勝負を挑んでいった結果、見事世界の王を三振に斬ってとった。木田の実力は本物だった。



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≪プレイバック≫
全セ1点リードの最終回の守り。無死満塁、絶対絶命の局面で登場してきた江夏豊(広島)が鮮やかな3者三振締め!最後の打者はまさかの南海の投手!山内新一(笑)この試合のMVPを獲得した江夏は縁あって翌年、木田ともチームメイトに‥


翌1981年もファン投票1位で選出。木田にとって地元でもある横浜での第2戦に先発登板。ここでも3回を1被安打3奪三振と、完璧な投球を披露。3年連続選出(監督推薦)となった1982年は第1戦(後楽園)で再び江川と激突。江川が柏原の本塁打などで1回で退いたのに対し、3回に連打を浴びて2失点こそしたものの、球宴“初勝利”を手にした。この時に木田が残したコメントも興味深い。『出場できる成績じゃないのに、第1戦の先発ときいてビックリ。気合いが入りましたよ』1982年は規定投球回数には到達したが、わずか6勝に終わっている。今思えば新人年に酷使させてしまった大沢啓二監督(全パの監督でもあった)せめてもの罪滅ぼしであったのかもしれない‥


オールスターでの通算成績は4試合に投げ1勝0敗、防御率2.00。とにかくリーグの顔ともいえる「先発」を3度も務めているのが木田の凄いところ。突出した1年目の成績ばかりがクローズアップされているが、ファイターズが誇った立派な“球宴男”でもあった。


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posted by 羽夢 at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | あの日のFS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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