2011年07月09日

-野球カード語り- 【クルーズ解雇の“裏”事情】

日本シリーズ史上、屈指の名勝負といわれた1983年の巨人対西武の動画を何気なく見ていたら、クルーズのサヨナラホームラン(第5戦)を偶然目にした。シーズン中はパッとしなかった選手が、シリーズになって突如猛打を奮いだす‥ まぁよく云われる「シリーズ男」にもなったこのヘクター・クルーズ選手。かつてファイターズに在籍していたトミー・クルーズの実弟であることは、野球ファンの間でも有名な話です。

このクルーズ兄弟にもう一人の兄が存在していたことを、筆者はわりと最近になって知りました。長男のホセ・クルーズ選手はメジャーで2000本安打以上も記録しているアストロズの英雄‥とまでは言い過ぎか、メジャーでも一流のプレーヤーだっだそうです。トミーとヘクターはメジャーでそれほどの実績は残せませんでしたが、ともあれ3人揃ってメジャーの土を踏んでいるという、凄すぎる野球3兄弟だったわけであります。

この3兄弟の中でもメジャーで一番結果を残すことができなかったトミーが、日本の球界では最高の輝きを放ちました。ファイターズ助っ人特有の「去る者は早く、ハマれば長年安泰」 まさに後者にあたる優良助っ人で在籍期間は6年にも及び、うち打率3割以上をマークすること4回。安定感ある打撃で息の長い活躍をみせてくれました。いかつい?見た目に反してどちらかいえば本塁打より二塁打を打つ確立の方が高い、典型的な中距離ヒッター型の選手。


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T・クルーズの年度別成績を見てると入団3年目までは並の成績、いや、むしろ助っ人としては若干物足りない成績ではありましたが、4年目以降急激に成績を上げています。そんな絶頂期にあった入団6年目の1985年、リーグ5位の打率.321をマークしながらオフに球団から契約を打ち切られています。※本塁打19 打点70

契約で揉めたとか色々な憶測が飛び交っていましたが、筆者はこれを見てクルーズが解雇された理由を、なんとなく察することができました。きっと‥


『高田繁はクルーズのことを嫌いだった』


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‥というより、当時監督を務めていた高田繁氏からのクルーズ評は相当低かったようです。たしかに当時は今よりも外国人選手=“一発が打てる選手”的なイメージが先行していた部分もありましたし、長打力という魅力の点ではたしかにクルーズは欠けていたかもしれません。

特に1980年代のカルビー野球カードは選手に対してOBからの辛口なコメントが目立つものの、あのクルーズがここまでダメだしされてしまうとは‥。それも稲尾氏や星野仙一氏ならともかく、現在はとてもソフトな感じのする高田氏からの酷評の嵐!

もちろんこれに奮起したわけではないでしょうが、この年のクルーズは自己最多の29本塁打をマークしています。しかし、翌年にファイターズの監督に就任したのが何の運命のイタズラか、高田氏だったことでクルーズの選手生命は先が見えてしまったかもしれません。皮肉なものです‥


posted by 羽夢 at 19:16| Comment(4) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。
この選手評は辛口が過ぎますね(笑)。読んでみて笑ってしまいました。子供は影響を受けやすいですから、少しでも長所に触れた方が…。
「足がもつれるクリーズだぁ」なんて言ってた子供、絶対いましたよ…。
Posted by EILEEN at 2011年07月10日 06:47
EILEENさん、こちらではお久しぶりです。

>この選手評は辛口が過ぎますね

いくらなんでも‥ねぇ?(笑)
まぁ、私は彼の守備力に関しては詳しくありませんが、プロの目から見たらよっほどひどかったのでしょうか。コンスタントに打ってくれさえれば、守備の方は多少目をつぶる‥というのがよく聞くパターンなんですけどね^^;

今振り返ってみると守りから固めていく監督さんだっただけに、その点クルーズは高田氏のお眼鏡にはかなわなかったのかもしれませんね。
Posted by 羽夢 at 2011年07月11日 23:28
クルーズ氏は現在打撃コーチとしてマリナーズや台湾U21チームで実績をあげていますね。
故大沢監督のお気に入りの選手でした。
今年64歳、日本の球界でも活躍して欲しいピュアな野球人です。
Posted by ファイターズ友の会 at 2015年02月11日 00:53
これはこれは。最新のご情報ありがとうございます。

大沢氏とクルーズといえば、ちょっと気になったことがあるのです。クルーズって1982年のオールスターに出場していましたよね。でもその年(だけは)、決して彼は突出した成績は残していませんでした。

あれはもしかしたら全パの監督になった大沢氏の粋な計らいではなかったのでは?悲運にも骨折で前年の日本シリーズに、主力でありながらただ一人、出場できなかったことによる‥。

まだ64歳ですか。お元気なうちにまたぜひ、後楽園に遊びに来てほしいですね。
Posted by 羽夢 at 2015年02月12日 10:14
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