2010年12月04日

究極のライバル対決 【西崎幸広vs阿波野秀幸】

最近 「ライバル」という言葉が、野球界ではあまり聞かれなくなってきたような気がする。

ピッチャー対バッターという目線なら昔からいくらでもあった。長嶋vs村山・江夏vs王、同郷の山田久志vs落合博満、はたまた高校の同級生、桑田・清原のKK対決‥

筆者がここで云ってるのは1試合を通じての投げ合いであったり、シーズンを通じて勝ち星を競い合ったりする【投手vs投手】によるライバル関係。なので巨人でエースの座をかけて、しのぎを削った西本聖・江川卓のライバル対決などはこの内に入らない。

近年では同級生でもあり、ともにリーグを代表する投手にまで上り詰めたダルビッシュと埼玉西武の涌井。実際に投げ合ったこともあるが、ダルビッシュがもはや別次元にいる投手のせいか、両者が比較されること自体少なく、私的にはどうもしっくり来ない。


比較的新しい世代の筆者にとって、真っ先に思い出される火花を散らした「好敵手」、それは日本ハム・西崎幸広と近鉄・阿波野秀幸、同級生2人の対決。何しろこの両投手は比較されることが多かった。

右と左(阿波野)で違いこそあるものの、ともに細身の体系で、当時で云うさっぱりとした「醤油顔」。ストレートのキレで勝負するタイプも似ていたし、プロ1年目からチームでエース格の活躍していたところも一緒だった。


当時は誌面でこんな特集記事が組まれることも多かった‥
Y.NISHIZAKI
※【ベースボールアルバム 西崎幸広Part.2】より


1年目はシーズン終盤まで激しい新人王争いを繰り広げ、話題を集める。新人王は阿波野が受賞も、成績ではまったく見劣りしなかった西崎は翌1988年、阿波野とわずか1勝差で最多勝を獲得。1989年は19勝の阿波野が最多勝と最多奪三振‥ パ・リーグきっての好投手同士によるタイトル争いは優勝争いとは別に、見応えがあった。(88年は15勝で松浦宏明・渡辺久信と分けあう)


西崎幸広

1987 【勝】15 【敗】7 【防御率】2.89 【奪三振】176
1988 【勝】15 【敗】11【防御率】2.50 【奪三振】181
1989 【勝】16 【敗】9 【防御率】3.55 【奪三振】164
1990 【勝】12 【敗】13【防御率】3.88 【奪三振】154


阿波野秀幸

1987 【勝】15 【敗】12【防御率】2.88 【奪三振】201
1988 【勝】14 【敗】12【防御率】2.61 【奪三振】181
1989 【勝】19 【敗】8 【防御率】2.71 【奪三振】183
1990 【勝】10 【敗】11【防御率】4.63 【奪三振】141
赤字はリーグ最多


なぜか両者の全盛時代、「直接対決」の機会はなかなか巡ってこなかった。ようやく実現したのが3年目の1989年10月8日の藤井寺球場。残り10試合を切って3チーム(西武・オリックス)が1ゲーム差以内にひしめき合うなか、もう一つも星を落とせなかった近鉄はエース・阿波野を立て、この日ペナントレース最終戦となる日本ハムは最多勝に望みを託す、エースの西崎をぶつけた。


この試合の3日前に亡くなった、佐伯オーナーに捧げる阿波野の力投!

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阿波野は完封勝利、西崎は2被弾で4失点‥ 初めての直接対決はくっきりと明暗が分かれる形となった。近鉄にとってはリーグ優勝がかかっていた試合、モチベーションの違いもあったとはいえ、金村のタイムリーからガタガタと崩れていってしまった西崎と、最後まで気持ちを切らさず投げきった阿波野とは対照的だった。

筆者は当時の新聞記事をとっておいてあるのだが、ここには西崎が「試合が終わる前に足早にバスに乗り込んでいった」とだけ記されている。この動画を見てもその様子は何となく見て取れる。自身のタイトルがかかっていたこともあり、相当な悔しさもあったのだろう。この時、筆者は日本ハムが敗戦したことも手伝ってか、西崎に対して潔くないとかふてぶてしさを勝手に感じ取り、後味の悪い印象だけを残していた。


しかし、バスの中で見せた西崎のあの笑顔‥
人づてに阿波野へと告げた『おめでとう』の言葉‥
あれから約20年の時を経て、初めてのライバル対決は清々しい印象のものへと変わった。


先発投手としての直接対決はこの試合を含めて計3試合。90年7月29日の2度目の対戦は両者、勝ち負け付かず。3度目は91年の開幕ゲームで、この時は 『秀には負けたくなかった』という西崎が、完投勝利を飾って2年前の雪辱をはたしている。

もうお気付きになった方もいるだろうか。両者が二桁勝利を挙げていたルーキーイヤーから1990年まで、4年間の通算勝ち星はともに「58」。敗戦数、この間の通算防御率も大差はない。互いの存在によって、持っている能力以上のものを引き出させ、好成績を残し続けられたのかもしれない。同じ意味ではあるが、ライバルよりも「好敵手」という言葉が相応しい、一時代を築いた両エース。


願わくば‥ 

斎藤佑樹と田中将大にもこんな「好敵手対決」をしてもらって、今後もますますパ・リーグを盛り上げていってもらいたい。


≪過去記事≫
西崎幸広【三度目の正直‥】 
【エクスプレス・西崎】 

※貴方にとって思い出に残るライバル対決とはどんな対戦でしたか?西崎ファンの方はもちろん、阿波野ファン、『近鉄球団は不滅です!』っていう熱い猛牛魂をお持ちの方(笑)それと当時を懐かしく思ってくれた方は是非 ワンポチのご協力、よろしくお願いいたしますにほんブログ村 野球ブログ パ・リーグへ



posted by 羽夢 at 17:07| Comment(6) | TrackBack(0) | FS特別企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。いまだに猛牛軍団の面影を追いかけているEILEENです(笑)。

私にとってライバルと言えばやはり阿波野、西崎です。通算50勝到達が同日だった時は驚きました。

その後他球団へ移籍していく二人ですが、1998年の日本シリーズで阿波野がベイスターズ、西崎がライオンズの救援投手として最後の投げ合いがありました。二人のライバル関係は運命としか言いようがありませんでしたね。
Posted by EILEEN at 2010年12月04日 17:53
猛牛戦士のEILEENさん!感動してしまいましたよ、久々にこの映像を見かけた時は!(当時は幼かったのでこんなにじっくりと見たのは初めてです!)だってブリューワに‥デイエットですよ(汗)

すみません‥少々ワタクシ取り乱しました(笑)

それにしても西崎・阿波野両投手の投球フォームは美しいですよね。全身バネの固まりとも言うんですか!特にストレートは球速以上に速さを感じます。

はい、私も日本シリーズのことを覚えておりましたので、「先発投手として」と記しておきました。確かにあの【再会】は運命的でしたよね。
Posted by 羽夢 at 2010年12月04日 18:07
お久しぶり
羽夢さん
そうですね。やはりライバルとして鮮明に思い出すのは、西崎・阿波野両選手ですよね。当時、万年Bクラス程度の成績で明るい話題もスター選手もいない日ハムにとって西崎選手は球団の宝と言っても過言ではなかったと思います。
当時、同じような成績でありながら、阿波野選手が若干秀でている感じがするのは、球団の実力の差だったと思います。
そう考えると、色々ありましたが、もう少し西崎選手を大事にして欲しかったです。
さて、斎藤選手ですが、マー君とライバル関係を意識させる記事をよくみかけます。
確かに高校時代は、そうだったかも知れませんが、マー君は既に実績をつんだ球界を代表する選手になっていますし、斎藤選手には先ずは新人らしく思いっきりプレーをしてほしいです。
多少仕方ないとは思いますが、興行的にプラスだからと言って、斎藤選手が見せ物みたいになっているようで心配です。
仮契約の会見でも、しんどそうに映ったのは、私だけでしょうか。
選手を生かすも殺すも球団次第、やりやすい環境を整えてあげて欲しいものです。
Posted by 黒猫 at 2010年12月07日 00:41
黒猫様、いつもありがとうございます!

>球団の実力の差

はい、確かにそれはあるかもしれませんね。当時の近鉄は毎年優勝を争っているような強豪チームでしたから。阿波野投手は10.19や日本シリーズの大舞台も経験してますし、その差も大きかったでしょう。

当時は先発投手なら中4日登板、年間200イニング以上放るようなことも当たり前の時代だったので、決して球団も無理をさせていたわけではなかったと思うのですが、確かに後年は故障が多かったですよね。でも黒猫様のおっしゃる通り!西崎投手はファイターズの宝であり、ファンの誇りでした。
Posted by 羽夢 at 2010年12月07日 20:44
羽夢さん、お久しぶりです。
今回はどうもありがとうございます。野茂投手のデビュー後が二人とも陰に隠れてしまったような感じがありますが、80年代最後の3年間は西崎投手と阿波野投手はパリーグの顔でしたし、私は当時西崎が投げ、田中幸雄が打つ日本シリーズを何度も夢見たものです。(その意味で北海道移転後の日本シリーズは私が見たかった日本シリーズではありませんでした)。
話を現代に移しますが、ダルビッシュ投手と涌井投手の場合は、何ですかね、ダルビッシュ軍団に入れて欲しいと涌井投手がいった時点でライバルではないですよね。この二人の関係はそれはそれでほほえましいんですけどね(笑)。
Posted by たけ at 2010年12月11日 07:05
たけ様、ご無沙汰しております。早いもので今年ももう師走ですね。

>西崎が投げ、田中幸雄が打つ日本シリーズ

はい、もっといえば巨人との「後楽園決戦、再び」を私も長年夢みていました。チャンスは何度かあったんですけどね(苦笑)まぁ、OBの大島氏も感激しておりましたが、2009年に東京ドームで巨人と日本一をかけて対戦することもできましたので、半分くらいは夢が実現されたかなと。ファイターズが勝ってればもっと良かったんですけどね‥


>涌井がダルビッシュ軍団

そんな話もありましたね(笑)いまのところは軍団に加入している選手はパッとしていない印象です。ダースなんかどうしたのでしょう。来年は同級生がたくさんプロ入りしてくるので奮起してほしいです。それとドラ1左腕の吉川も!(確か彼も加入してましたよね?)

話を西崎・阿波野に戻すと、90年以降は西崎投手の圧勝でした。お互いケガもありましたけどね。94年に野茂投手と投げ合って完封した試合なんか圧巻でしたよ。ダルの前に「真のエース」と呼べた男、やはり西崎投手以外にはいません!
Posted by 羽夢 at 2010年12月11日 10:57
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