2010年06月26日

マイケル中村 【江夏超えのストッパー】

ファイターズも勝ちゲームの最後を締める、ストッパーという任務を
数々の投手がこなしてきたが、『史上最高のストッパーは?』
問われたら、あなたはどの投手が思い浮かぶだろうか?

その圧倒的な存在感と名声から、1981年日本ハム球団になって初の
リーグ優勝に導いた優勝請負人・江夏豊の名を挙げる、ファンの方も
多いだろう。

しかし、数字だけを見ると2008年まで在籍していたので記憶にも新しい、
マイケル中村(M・中村)が『史上最高』の称号に、もっとも相応しい投手
なのかもしれない。江夏がファイターズに在籍していた1981年からの
3年間と、マイケルが守護神として君臨していた2006年からの3年間の
成績をここで比較してみる。


江夏豊 

【1981】 3勝6敗25S 防御率2.82
【1982】 8勝4敗29S 防御率1.98
【1983】 2勝4敗34S 防御率2.33

【通算】 13勝14敗91S  防御率2.38

マイケル中村   

【2006】 5勝1敗39S 防御率2.19 (39Sはリーグ新)
【2007】 1勝1敗34S 防御率2.16
【2008】 2勝2敗28S 防御率2.14

【通算】 8勝4敗101S 防御率2.16


江夏が在籍していた頃と現代とでは、試合数や1試合当たりのイニング
数の違いなどはあるものの、まず抑え投手として一番重要な部分である、
マイケルの「負け数」が少ないのは評価できる。

毎年2点強の安定した防御率を維持し、わずか3年間で101Sの荒稼ぎ。
ファイターズでマークした通算102Sは球団記録として残っている。


micheal
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06年からの球団史上初となったリーグ連覇に、守護神・マイケル中村の
存在なくしては成し得なかった。思えば当時、夜のスポーツニュースなど
ではファイターズが勝てばきまって最後の打者を打ち取り、派手なガッツ
ポーズを繰り返していた、マイケル中村の姿が良くブラウン管に映し出さ
れていたものだ。


ファイターズが『栄華』を誇った頃の象徴的な存在‥


昨年、最多セーブのタイトルを獲得した武田久の今シーズンの不調
ぶりを見ていれば、ストッパーとして毎年安定した数字を残し続ける
ことがどれだけ大変であることなのか、多少ご理解いただけるだろう。

連覇の功労者でもあるマイケルを2008年オフ、大型トレードによって
巨人に放出させてしまう球団の姿勢には、正直驚かされた。

セ・リーグの水が合わないのか、それともファイターズ時代の恋女房、
中嶋聡という存在があまりに大きかったのか‥。苦闘が続いている。




入団時に威力を発揮したのは、腕が遅れてでてくる変則フォーム
から、初めて対戦する右打者にはまず打つことができないだろう
とまで言われた、変化の大きいカーブ

一回自分に向かってくるような軌道を描く、鋭い曲がり方をする
カーブは相手打者とって脅威だった。

後年はこのカーブを封印して、スライダーを主体とする投球スタ
イルに変わったが、巨人移籍後は再びこの封印を解いた。


ここ数年の間に、まさに「天国と地獄」をみたマイケル‥


1ファンとしては今季未だ抑えを確立できてなく、中嶋兼任コー
チも健在なうちに、北海道に帰ってこい!などと言いたくもなっ
てしまうが、常勝・ファイターズの象徴的存在でもあった通算
102S男が、このままで引き下がれるはずがない。

彼の姿を見なくなって久しいが、あの渾身のガッツポーズを
ひのき舞台で披露する時は再度訪れるのか。復活を待ちたい。


※もっと×2!ファイターズの歴史と、このブログをファンの方に知ってもらわねば
なりません!どうぞ皆さまからの温かい『
一押し』を、よろしくお願いいたします。



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