2010年05月28日

【1970】 東映フライヤーズの怪‥

今シーズンのファイターズは外国人野手には頼らない、純国産打線
臨んでいる。昨年チームで唯一、20本塁打以上を放ったT・スレッジ
抜けた打線は確かに破壊力には欠けるが、契約に盛り込まれている
試合数やらの関係で、働きもしない外国人選手を無理やり試合に出し
続けているよりかは、はるかにいい試みだと思う。

そろそろ、小笠原道大以来の30本塁打以上を望める、和製スラッガーの
出現を待ちたいところだが、現在のラインナップを見ていると、その候補
らしき人材は、ちょっと見当たらない。持っている「雰囲気」からすれば
中田翔が候補の筆頭だが、まだプロ0本塁打。「覚醒」の時を待ちたい。

そんな和製大砲を同一チームに二人も擁した、王・長嶋のON砲‥
全盛ライオンズの秋山幸二・清原和博の「AK砲」はあまりも有名だが、
ファイターズの前身・東映時代の「HO砲」も、それらに勝るとも劣らず‥
【超】が付くほどの強力、最強コンビだった。

OH砲なら、長嶋引退後の王・張本勲でしっくり来る方も多いと思うが、
東映の「HO」はHが張本、Oは 大杉勝男

この両者、今でも数々の球団記録を保持している。

■張本 通算打率「.322」 通算安打「2435」 通算本塁打「414」他

■大杉 シーズン最多打点「129」 連続試合本塁打「6」他


張本・大杉が生涯ベストといってもいい、最良の打撃成績を残した年が
奇しくも同じ、1970年だった。 

張本が当時日本記録の年間打率.383をマーク(現在は4位)。本塁打は
キャリアハイとなる「34」で打点が100。非の打ちどころがないような
成績を残せば、大杉は打率.339、本塁打が44(球団記録はソレイタの45)
打点が今もなお、球団記録として残っている「129」。

現代よりも『投高打低』だった時代を踏まえれば、まったくもってして
アンビリーバボな数字を、同年に両主砲が刻んでいる。


なのに‥


この猛者達を擁した東映フライヤーズはこの年、なんと借金16でリーグ
5位に沈んでいた。やはりは野球はピッチャー?守り?もしくは当時2人
以外にも暴れん坊揃いだっただけに、チームとしてはまとまりを欠いて
しまっていたのか‥ などと色々な憶測を呼んでしまう。


翌71年には作道烝大下剛史大橋穣、更には張本・大杉で日本記録の
『5者連続本塁打』 が、球史に燦然と輝いている。

ちなみ70年に生涯唯一の3割を記録し、自己ベストの成績をあげた大下。
皆、張本が巨人に移籍する75年までには他球団に移籍することとなり、
東映組は文字通り「解散」となった‥


※もっと×2!ファイターズの歴史と、このブログをファンの方に知ってもらわねば
なりません!どうぞ皆さまからの温かい『
一押し』を、よろしくお願いいたします。


posted by 羽夢 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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