2010年05月25日

北海道日本ハムと東京ヤクルトの(秘)共通点‥

交流戦では勝ち星なしの8敗‥借金はトータルで18となり、早くも高田
監督の去就問題が取り沙汰されるなど、低迷が続く東京ヤクルト。

予定されていた神宮でのファイターズ2連戦は雨天中止となった。高田
監督が2007年までファイターズのGMを務めていた縁もあってか、近年
この両チームの交流はわりと盛んで、トレードも活発に行われている。

現在ともにリーグ最下位に沈んでしまっている、悲しい現状から少し
目をそらして、今回は特別に「雨の中休み」ということで、両チームに
またがって活躍した、あの選手達を振り返っていきたいと思う。


最近では、2008年に移籍してきた藤井秀悟(現巨人)は昨年のリーグ優勝に
貢献し、代わりに行った押本健彦はスワローズの勝利の方程式の一角に
加わるなど、一定の成果を収めた。

98年、城石憲之との交換で来た、野口寿浩も攻守に大活躍したし、それと
ほぼ同時期には秦真司橋上秀樹などといった、渋めの職人達もファイタ
ーズにやってきていた。

90年代初頭は金沢次男角盈男『野村再生工場』で生き返っている。
今でも悔やまれるのが、それよりはるか昔に行われたヤクルトとの交換
トレードでの、ハム側の失態‥


『月に向かって打て』

このフレーズがあまりに有名で、東映時代からの主砲‥大杉勝男

後に野球殿堂入りすることにもなる、希有の和製大砲を75年に小田義人
内田順三とのトレードでスワローズに「放出」してしまっている。

確かにファイターズ(フライヤーズ)晩年は成績も落ち目ではあったし、
小田もそれなりにファイターズで活躍はしたが、ヤクルト球団初の日本
一にも大貢献‥ その後の大杉の活躍ぶりを見ていれば、スワローズの
方に分があったといってもいい、トレードだった。

なお、この大杉勝男氏については次回記事でも触れる予定。下位から
巻き返しを図る両チーム。特にスワローズにとっては、先日のマリーン
ズ戦で惨敗を喫した、悪い流れを断ち切る「恵みの雨」となっただろうか。

ファイターズの旧フランチャイズは東京‥。しかも東映時代には神宮を
本拠地として使用していた年もあったし、当時のエース・土橋正幸氏が
スワローズの監督を務めていた時期もあった仲。

(ファイターズ戦以外での)健闘を祈る!


※ファイターズファンも! チョット図々しく今日はスワローズファンの方々からも‥^^;
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posted by 羽夢 at 00:11| Comment(0) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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