2010年04月10日

西浦克拓 【煌めき‥】

人は 「落合博満からポジションを奪った男」 と、
そう彼のことを呼ぶ。

しかし、彼にとっての本当の「敵」は落合ではなく、
自分自身だったのかもしれない‥


西浦克拓 (にしうら・かつひろ)

1992年、大阪・上宮高校からドラフト5位でファイターズに入団。
大型内野手として毎年のように期待をかけられていたが芽が出ず、
1軍初出場は3年目の95年。ちょうどこの年に上田利治が監督に
就任し、チーム改革を推し進めていた時期とも重なって、西浦にも
明るい光が差し始めてきていた。

しかし、95年からの2年間でトータル17打数ノーヒットと結果を残す
ことができず、積極的に起用されていた同世代の「上田チルドレン」、
上田佳範井出竜也らに大きく水をあけられていた。

埋もれかけていた才能をようやく開花させたのが5年目の97年。
この年に20本でイースタン・本塁打王に輝くと、ペナント終盤の9月に
1軍昇格。故障で戦線から離れていた落合を尻目に一塁に定着すると、
ホークス・武田一浩から放ったプロ初本塁打を皮きりに、そのまま閉幕
までの約2週間で一気に4本のアーチを量産し、周囲を驚かせた。


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そして、「覚醒」 の翌98年‥



ポジションを争う落合が春先は好調であったため、当時空いていた
外野守備にも挑戦。人並み以上の脚力を誇った西浦には、これも
「吉」とでた。

4月に初のサヨナラ安打、5月にサヨナラ本塁打と開幕から順調に
飛ばしてきたが、圧巻だったのは7月14日のオリックス戦。

この日は4安打を放って、2本塁打、5打点。内容も充実している。
木田優夫から147キロの速球を豪快にレフトに放りこみ、次打席は
栗山聡から変化球を体をうまく回転させて、技ありの一発を、またも
レフトスタンドに叩きこんだ。

その弾道は、3日前から座っていたビックバン打線の4番打者として
恥じない、豪快でいて美しい「驚弾」だった。

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翌日の同カードでも同点アーチを放つなど、結局前半戦だけで打率
.284、本塁打17で主軸として申し分ない成績を残し、この頃には
あの落合博満を完全にベンチに追いやっていた。

これが冒頭の西浦がそう呼ばれている所以なのだが、今思うとこの
頃が脂の乗った、西浦が一番輝いていた時期だったのかもしれない。

他球団から徹底マークされた後半戦は勢いが失速。パタリと打てな
くなって、年間では打率.245、本塁打20に終わる。チームが優勝
争いをしているなかでの「4番」としての重圧‥ 気負いも空回りして
しまった。

それでもまだ24歳、今後の「伸びしろ」は大いにあるとされた。
またファンの目にも、そう映っていたに違いない。

それを示すかのように、翌99年は4番打者として開幕を迎える。
しかし、前年からの「負の連鎖」は断ちきれず‥

開幕カードの近鉄戦に計6打数無安打で終わると、次の試合からは
6番に降格。確かにもう少し長い目で見てあげて欲しかった気持ちも
なくはないが、そこから「なにくそ!」と這い上がってくるような気概を、
以後の西浦からは感じとれなかった。元々優しかった性格も災いして
いたのだろうか。

99年以降はたび重なる故障で1、2軍を行き来し、98年に放った
20本の半分にも満たない11本塁打を追加したのみで現役生活に
幕を下ろした。

天性の「飛ばす力」に脚力‥、秋山幸二氏のようなスケールの大きい
選手になれた可能性もあっただけに、故障でその類いまれな才能の
すべてを出し切れなかったのが、惜しまれる。


※もっと×2!ファイターズの歴史と、このブログをファンの方に知ってもらわねば
なりません!どうぞ皆さまからの温かい『
一押し』を、よろしくお願いいたします。
           


この記事へのコメント
はじめまして。
移転後のハムファンなので、貴ブログには敬服します。
西浦の活躍当時は福浦(ロッテ)と区別がつかず、日本ハムは「に」がつくから「にしうら」と覚えていたことを、思い出します。
今まで決して「一流」とは呼ばれなかった選手たちに、これからもスポットライトを当て続けていただけたらと、思います。
Posted by ツキスミ at 2010年04月12日 00:29
ツキスミさん、初めまして☆コメントありがとうございます。
いえいえ!移転後のファンとはいえ、西浦選手を知っているんだから、
なかなかのものです☆

西浦さんとマリーンズの福浦選手ですかぁ!
なんとなく分かるような気もしますけど、タイプはまったく違う
両選手ですね^^;

福浦選手と言えば、悪夢の18連敗を経験した数少ない選手の
ひとりです。あの時の黒木投手の落胆ぶりは今でも覚えております。
Posted by 羽夢 at 2010年04月13日 00:42
はじめまして。
たまたまこのブログに辿り着き、食い入るように
見入ってしまいました・・・

私は生まれも育ちも横浜で、幼少時代から
大洋ファンですが、西浦さん、とてもよく覚えて
います。

横浜スタジアムで日ハム−横浜戦(オープン戦?)を
観戦した時のこと。
西浦さんのバッティング練習に目を奪われてしまいました。
あからさまなほどバットとボールの接触時間が
長かったのです。
「これが長距離バッターか・・・」と、感嘆したことを
今でも鮮明に覚えています。
Posted by なぜなぜ坊や at 2011年02月12日 17:20
なぜな坊や様、初めまして!ご訪問ありがとうございます。こうして過去記事から拾っていらしてくださるとは、嬉しいですね。

西浦選手!はい、たしかに飛ばす力はピカイチでした。でもどちらかというと田渕とか秋山の放物線を描くような軌道と違い、彼の場合は弾丸ライナーでスタンドへ持っていく印象が強いですね。

横浜ファンですか!ベイにはファイターズOBも多数いるし、今年から稀哲も加わるので応援します。でも一番注目してほしいFS・OBは白井一幸二軍監督です(笑)きっと白井さんならベイを変えてくれますよ。1軍にも岡本哲さんもいらっしゃいますし^^
Posted by 羽夢 at 2011年02月12日 19:15
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