2010年04月07日

【木村拓也】−追悼コラム−


木村拓也死去‥

突然飛び込んできた訃報に、言葉を失ってしまった。

改めて彼の球歴を振り返ってみると、意外にもファイターズOBである
ことを知らない人が多かった。まぁ、それも無理もない。現在は廃止
されている「ドラフト外」での入団なら、わずか4年間の在籍で広島に
移籍。恐らく野球ファンでも、映像でファイターズ・木村拓也を目にした
ことがある人は、そう多くはないだろう。

高校出ながら2年目には1軍初出場をはたし、その後は主に外野の守備
固めとして活躍。打力は乏しいが俊足、特に入団時は捕手を務めていた
だけあって、その「強肩」には目を見張るものがあり、若手野手の中でも
一目を置かれる存在だった。更なる飛躍を期待されていた矢先にベテラン
投手との交換トレード。

戦力としてはもちろんだが、実はそれ以上に当時の「木村放出」を筆者は
悔やんでいた。木村がプロ入りした頃と時を同じくして、現在でも第一線で
活躍し続けている、超人気アイドルグループ・SMAP が爆発的な人気を
博す少し手前、勢いに乗りかけてきている時期とちょうど重なっていた。

メンバーのひとり!キムタクこと、木村拓哉氏と同姓同名であることに、
一早く注目していた筆者は『これは目玉選手になれる』と、少なからず
踏んでいのだ。ほんのちょっとの「話題性」にでもすがりたかった、昔から
のパ・リーグファンの良くない習性ではあったのだが。

案の定、『球界のキムタク』としてブレイクしたのは皮肉にも広島に移籍
してからだった。投手以外ならどこでも守れる ユーティーリティープレー
ヤー
としてベンチには欠かせない存在となり、後年は打撃面でも飛躍的に
向上した。

巨人に移籍してこれまで縁のなかったリーグ優勝・日本一を経験し、より
木村の万能ぶりを世に知らしめることにもなった。「恩返し」というわけでも
ないだろうが、ファイターズ戦には滅法強く、08年の交流戦では2戦連発
の離れ業を演じて、打撃でも存分にアピールした。

そういえば昨年の日本シリーズでは、どこか「らしくない」精彩を欠いた
プレーも見受けられた。これが引退の引き金にもなったとも聞くが、今
思うとこの頃から「予兆」にも似たものはあったのか‥。


志半ばで「グランド」を去っていった木村氏‥

前日まで元気だった身内が病などで倒れ、突然逝ってしまうのは筆者も
経験したが、しばらく立ち直ることできないほど、悲しみに暮れるもの。
今はジャイアンツが勝ち続けていくことが供養となり、残されたご家族・
ファンに空いてしまった「心の穴」を、少しずつ埋めていくしかない。

心からのご冥福を祈る。


※キムタクがプロの門をくぐったファイターズ。このまま負け続けていていいのか!
ジャイアンツともども、北海道日本ハムにも力強いご声援をよろしくお願いします! 
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posted by 羽夢 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | FS特別企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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