だが90年代初頭頃から、こんなコールもスタンドから湧きおこっていた。
『しんちゃ〜ん』
「しんちゃん」とは誰のことかというと、1981年の日本シリーズ第6戦‥
巨人が日本一を決めた試合で、マウンド上の江川卓が最後の打者を力
ないピッチャーフライに打ち取った、あの歓喜の光景を目にしたことある
ファンも多いだろう。その時の最後のバッターだった「しんちゃん」‥
またコアな日ハムファンの間では『応援歌がカッコイイ』と、もっぱらの
評判だった、あの「しんちゃん」‥
これで多少ピンときた方もいただろうか。1978年から1996年までファ
イターズに在籍、現二軍監督・五十嵐信一(いがらし・しんいち)


五十嵐のファイターズ一筋、19年のプロ生活はほとんどが控えだった。
ただ入団時の二塁に始まり、後年は外野のポジションにも就いたりと、
内外野を守れるユーティーリティプレーヤーとして、1軍に欠かせない
戦力、またその都度、就任していた監督から重宝される存在だった。
特に「相性」が良かったのは1992年の土橋監督時代だろうか。もともと
バッティングにもしぶとさはあったが、この年は103試合に出場。規定打
席には到達しなかったのものの.292の高打率をマーク。準レギュラー
として活躍した。
高田監督時代には代打サヨナラホームランなんて、一見地味な男がド
派手に決めてくれたこともあった。(1985.10/9 南海戦)
現役晩年は「左キラー」として相手が左投手の時はスタメンに名を連ね、
また「代打の切り札」として、一振りにかける集中力もみせてくれた。
そんな『しんちゃん』が久々に現場に戻ってくる!
2010年からファイターズの2軍監督に就任することになった。自身も現役
時代は控えとしてベンチを温めている時間の方が長かった、苦労人だけに
下でくすぶっているベテラン選手や伸び悩む若手選手の気持ちは痛いほど
わかるだろう。1軍への戦力供給源としてはもちろんだが、選手にも希望の
灯を、ともし続けてやってほしい。
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五十嵐さんの現役時代の応援歌です。なぜかこの日は陽に‥
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ラストに‥江川vsしんちゃん!!

東京ドームで野球観戦の楽しみでもありました。しかも五十嵐選手はレギュラーではないので、その試合で聴けるかどうかわからないのて貴重でした。
運よく打席が回っても、「しんちゃんコール」が終わらないうちに初球打ち、なんていうのも経験しました(笑)。
あと同姓繋がりで余談を。
元マリーンズの五十嵐章人選手(全打順本塁打、全守備位置の凄い人)の応援歌も格好よかったです。元ネタは「Gメン75」でした。
あ〜ありますね‥坪井さんが初球打ちした時なんかはPL〜青学〜東芝〜の『PL』だけで終わってしまう時も良くあるんですけど、恐らくそんな心境かな(笑)
五十嵐章人さんの全守備記録なんかは仰木監督だったからこそ、成せた業ですよね!Gメン75‥今聞いてみました。なんか、チョット野球っぽくないけど結構インパクトありますね〜(笑)
いよいよ五十嵐選手が登場ですね。
実は大島選手のことを「代打の神様」と書かれていたので、おいおいファイターズの代打の神様は「信ちゃん」じゃないのと思っていたところでした。数字はそこそこ残しているし、記憶に残っている一打というのはないのですが、結構チャンスに強かった覚えがあります。何かやってくれそうな雰囲気がして。。。
信ちゃんつながりですが今の「信ちゃん」高橋信二選手もいいところで打ってくれますね。数年前再びファイターズに対する関心が戻ってきた時はキャッチャーとして酷評していたのですが、今は「案外いいところで打つんだよな。こりゃ人気が出るはずだわ」という評価に変わってきました。
なるほど〜たけさんの中で『神様』はしんちゃんでしたかぁ^^;確かに大島氏はレギュラーとして活躍していた期間の方が長かったわけですからね☆
おっしゃるようにしんちゃんの『コレっ!』という、特にインパクトの強い一打はあまり浮かんでこないのですが、色々データを調べているうちに、地味に?勝負強かったところも確認できました。今シーズンからはいよいよ【監督】の肩書が付きますね〜。
高橋信二‥はい、2009年はいいところでの軽打が目に付きました。交流戦でも大活躍でしたよね☆今年はもうチョット長打が増えてくれると、尚嬉しいのですが。コメントありがとうございました!