2009年12月25日

【クリスマスプレゼント】〜野球という名の宝物〜

まだ私が小学生だった頃の話。クリスマスのプレゼントとして、親から
一冊の本を買い与えてもらった。ベースボールマガジン社発行、まるで
辞書のように分厚くて、文字と数字だらけの本。

年間行われた1軍と2軍、全試合のスコアテーブルや選手の年度別成
績などを網羅し、一冊に集約した膨大なデーターブック・・

ベースボール・レコードブック。記録マニアの間では今や、参考書的
な存在にもなっている。


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『X’masプレゼントに本一冊!?』


決して裕福とはいえなかった幼き日の筆者の家柄が分かってしまい、
恥ずかしい気もするが、それでも嬉しかった。今思うと、この本との
出会いが私の『野球好き』を決定的なものとし、すべての始まり・・

来る日も来る日も、私はそれを眺めていた。初めて何か一つのことに
夢中になれた野球・・そして日本ハムファイターズ。いつしか私にとって
ファイターズは生活の一部となり、かけがえのないものとなった。


■ファイターズの前のニックネームがフライヤーズだったこと (ハエ?)

『日拓ホーム』なんて、球団が一年だけ存在していたこと(7色のユニ?)

■当時まだ2回しか優勝してない、万年Bクラスのチームだったこと・・


これらの事実もこの本を通じて知り得たものだ。私は過去のファイター
ズの『球史』を紐解いていく内に、ますます虜になっていった。

初めてこの本を手にしたのは、1987年。後に日本ハムのエースとなる
西崎幸広と近鉄バファローズ・阿波野秀幸の激しい新人王争いが繰り
広げられていた年。当時はまだ、パ・リーグ試合のテレビ中継など滅多
になかった時代・・。

西崎の華麗なフォームから投げ込まれる速球やキレ味鋭いスライダー。
まだ幼かった私に実際に観戦する術などなく、ただルーキーながら15
勝7敗、防御率2.89という、偉大な数字だけが眩しくみえ、もっともっと
西崎という選手を知りたい!そう思うようになった。

しかし、その数年前には西崎の上を行く、とてつもない成績を残したルー
キーが存在していたことを知る。最多勝・最優秀防御率・最高勝率・最多
奪三振など数々のタイトルを総なめにした木田勇投手。

1987年にはファイターズにもう在籍していなかったが、こんな伝説的
投手がいたことに驚嘆させられた。そしてやっぱり、木田勇をもっと知っ
てみたい!と思うようになり・・

この作業の繰り返しが、私とクリスマスプレゼント兼【宝物】になった一冊
の本との繋がり方だった。

データの宝石箱のような書籍と出会い、始まった筆者の野球道。毎年ク
リスマス近くに発売されるベースボール・レコードブック。これからどんな
記録を刻んでいくのでしょうか・・


ベースボール・レコード・ブック 2010―日本プロ野球記録年鑑

ベースボール・レコード・ブック 2010―日本プロ野球記録年鑑

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ベースボール・マガジン社
  • 発売日: 2009/12
  • メディア: 単行本
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それにしても、あれだけ長いこと優勝できないとファンも個人成績ばかりに
目がいきがちにもなる。記録には表れない、実に色々な出来事があった。

柴田保光・西崎両投手の無安打無得点試合・・
■ウインタース・オーレ・ブライアントのキング争い・・
■大沢親分の『べらんべぇ』監督談話・・

たまにファイターズの選手が新聞の一面を飾れば、それはもう永久保存版
今でこそ、紙面を飾るようなスター選手が結構登場してきたけど・・


クリスマスに昔を思い出して、少々感慨に浸ってしまった今宵の筆者・・
たまにはこんなのもどうかなと・・(笑)


Happiness to you. Merry Christmas!

※北海道日本ハムファイターズの選手情報はでもコチラでもどうぞ!


posted by 羽夢 at 00:56| Comment(4) | TrackBack(0) | 羽夢日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
羽夢さん、こんばんは!

凄い偶然ですね。私も初めて手にしたレコードブックは西崎、阿波野が新人王を争った年の「1988年版」でした。

全選手の年度別成績が完全に載ってますから、これはハマります(笑)。
当時は選手生活晩年の木田勇投手の一年目の行を見て、私も驚きました。

大分紙が茶色くなりました。あれから20年以上経ちますからねぇ。
Posted by EILEEN at 2009年12月25日 19:55
EILEENさん、こんばんわ☆

私達にレコードBは、もう『バイブル化』してますよね〜(笑)

お〜それはホント偶然ですね^^62年は後楽園球場最後の年でも
ありましたよね!あの頃の選手で今も現役なのは工藤公康と山本
昌とギリギリ中嶋聡ぐらいでしょうか・・。時代を感じますね!

確かに!茶色・・どころかもうボロボロという言葉の方が『適切』です(笑)
てゆうか、近年値上がりしてきてますよね〜。結構痛い出費ではありますが・・(泣笑)
Posted by 羽夢 at 2009年12月26日 00:24
むむっ、羽夢さん。臨場感あふれる文章で気づかなかったけど、あなた後楽園で野球を見たことないね。年がばれるけど、西崎の1,2年目は私は大学受験生でした(一浪した)。羽夢さんがこんなにお若いとは思わなかった。
77、78年頃少年ファイターズ会に入り、80年頃は少し野球から離れていたのですが、それでも木田が如何に衝撃的だったかはリアルタイムで経験しました。
西崎が一番輝いていたのはやはり1年目の後半、2年目の前半でしょう。中4日で投げれば当たり前のように完投勝ちだったあの時の興奮は今でも忘れられません(中4日ですよ)。これはレコードブックからはなかなか読み取れないことです。ノーヒットノーラン達成時の西崎よりもずっと印象に残っています(のでこちらの方をエッセイにして欲しいぐらいです)。ただ、受験のせいで私が西崎を球場で見たのは3年目でした。3年目に防御率が1点も悪くなっていることから分かるように、3年目の西崎を生で見た時は、あれ西崎こんなに球遅かったかなと思ったものです。1,2年の西崎はスーパーピッチャー、3年目以降の西崎は普通のエースピッチャー(一流ピッチャー。それでも岩本よりはずっと上)というのが私の評価です。
なんだか昔話の方に話が行っちゃいましたが、最後に年よりの茶飲み話をもう一つだけ聞いて下さい。ファイターズファンとして一番自慢に思っているのは、田中幸雄選手の「通算」1号ホームランを生で見たことです。あの時はファイターズクラブの招待券で後楽園の指定C席(2階席)から見ました。
Posted by たけ at 2010年01月07日 08:36
たけさん、明けましておめでとうございます。

鋭い読み・・(笑)はい、私は正確にいうと幼き頃に一度か二度、後楽園球場には足を運んだことがあるらしいのですが、ほとんど記憶にありませんね。あの時はまったくといっていいほど、野球に興味がなかったもので。

分かります!ある動画サイトで西崎投手が88年のオールスターに出場した時の投球の様子がUPされていたので確認したことがあるのですが、当時の西崎さんの球のキレはえげつなかった・・(笑)ストレートにしても球の伸びというんですかね?打者の手元で『ホップ』してくるような感じで!

そうですね!中4日・・投球回数を見ているとそれも伝わってきます。今では考えられない220〜240イニングを平気で放ってますからね。晩年は故障がちでファンをヤキモキさせたものですが、今思うと当時の登板過多も微妙に影響していたのかもしれませんね・・。岩本投手より上・・まぁそれはノーコメントということで^^;

田中幸雄さんの初HRを生で!確か南海戦で高校の先輩・井上投手からでしたよね☆私は1995年。開幕連敗スタートだったファイターズが黒星に『サヨナラ』を告げたサヨナラHR!あれはしびれましたね。さすがは幸雄さんだな〜って思いました。

ついつい、こちらも熱く語ってしまい、すみませんでした。長きに渡り、ファイターズファンを努めてこられた、たけさんの貴重なマル秘話も、また楽しみにしております。本年も北海道日本ハムファイターズと当ブログを、よろしくお願いいたします。
Posted by 羽夢 at 2010年01月07日 11:59
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