2009年06月14日

渡辺浩司【31才の春・・】

ちょっと前に野球界でも『リストラの星』なんて言葉が流行った
時期があった。

一度、解雇を宣告された選手が12球団合同トライアウトなどを経て
再び一線で活躍するようなサクセスストーリーの事を指すらしい。


最近ではソフトバンク・宮地克彦や楽天・小倉恒なんて好例だろうか。
ただ涙なくしては語れない、同じサクセスストーリーであっても
今回紹介したい選手は少し訳が違う。


決して『リストラの星』ではない。
つまり『クビ』にはなっていないのだ。


10年以上にも及ぶ長い2軍生活・・
いつクビになってもおかしくなかった男にようやく訪れた春・・



上田利治監督が日本ハム監督に就任した1995年。
前年断トツの最下位から巻き返しを図るべくチーム内の抜本的改革が
推し進められていたこの年。


他球団に比べて圧倒的に選手層の薄かったファイターズが追い討ちを
かけるようにシーズン序盤から当時正二塁手だった白井一幸を故障で
欠いてしまう。


そんな折、その白井の穴埋めを期するべく首脳陣の目に留まったのが
プロ生活14年目、当時31才だった渡辺浩司だった。(わたなべ・ひろし)


        h.watanabe
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31才・・到底若手とは呼べる年ではない。
既に中堅選手としてチーム内に位置していた渡辺がそれまでの
13年間、プロで積み重ねてきたヒットは15本。(2HR)


繰返すが13年間で15本のヒットしか打っていない。
当然ファーム暮らしが長かった訳であり、これを聞いただけで瞬時に
思えてしまうのは・・


『よくぞ球団がここまで置いといてくれたな・・』


やはりそう考えてしまうのが必然だろう。


しかしこの時を待ち構えていたかのように渡辺が攻守にハツラツと
した動きを見せる。


【やっと自分に巡ってきたチャンス!】

【一度掴んだチャンスはもう逃がすまい!】


やはり13年のキャリアはダテじゃない。
まるで今までため込んできた13年分の鬱憤を晴らすかのように
打ちまくった。前半は3割近くの高アベレージをマーク。


凱旋となった渡辺の地元、新潟で行われた近鉄戦ではマルチ安打の
活躍を見せる。結局この年、規定打席にも達し100安打。


こうして今まで一軍に定着すらした事なかった渡辺が表舞台で
輝きを放ち始めた。



この時、渡辺浩司31才、プロ14年目・



あの時の渡辺を振り返ってみると改めて思う。
今が辛く苦しくとも、グッと耐え凌ぐ。
その先に予想も出来ない、サクセスストーリーを起こす可能性は
誰しもが持っている・・



【エピローグ】


ちょうど現役引退した年にファームが選手権を制し日本一になった。
結局、一軍で優勝を味わう事が出来なかったが初めて(?)体験する
ビール掛けにとても嬉しそうだった渡辺さんが印象的でした。

現在は北海道日本ハムのスカウトとして活動されている渡辺さん。
ご自身のような強いハングリー精神を持った選手発掘に情熱を
注いでる事でしょう。


《関連本》
多摩川晩花―日本ハムファイターズ渡辺浩司 苦節13年の軌跡


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Posted by BMX編集部 at 2009年06月16日 11:28
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