2009年06月13日

田中幸雄【Mr.ファイターズの光と影】

2007年5月17日、東京ドーム。
4回、楽天・山村宏樹から右前へ鮮やかな流し打ちをみせる!


ファイターズ一筋22年、田中幸雄
念願の2000本安打達成の瞬間。


1塁ベース上でナイン、日本ハムOB、関係者。
そしてこの日を待ちわびたファン・・
この偉大な記録を皆、我が事のように喜び、称えた。


誰もがその人柄を愛し、誰もがそのプレースタイルを好きになった
Mr.ファイターズ・田中幸雄。


田中にはそれだけのドラマ性と過去に熱い記憶があった・・


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苦難の道程の末に掴んだ栄冠、田中幸雄の英雄列伝・・・



1985年、都城高からファイターズにD3位で入団。
背番号『37(入団時)表記名は同姓同名の投手がいた為、『田中雄

入団1年目にプロ入り第2打席で初安打が初ホームランの快挙。
これは同期で西武に入団した清原和博と同様だ。


3年目の88年からショートのレギュラーとして完全定着。
同年、ベストナインゴールデングラブ賞をW受賞。


以後、屈強な強い体で4シーズンに渡って全試合出場を果たす。
順風満帆かと思われた田中のプロ生活に暗雲立ち込めたのが92年。
この年、故障により1試合のみの出場に終わった。


翌年、外野手として復活を果たすも95年には上田利治監督の
進言にもより遊撃のポジションに返り咲き。
遊撃手として339守備機会連続無失策記録を樹立すると共に
初の打撃タイトル・打点王を獲得。
またこの時期は振り子打法にも挑戦していた。


長らくファイターズの看板選手として活躍。
90年代後半、猛威を振るったビックバン打線の中核を担い、
時には斬り込み隊長として、ファイターズ打線を常にリード
してきた。


そんなどの打順でも適応できる能力を持った田中を裏付ける
記録がこれ!


『全打順本塁打』


つまり1番から9番までスタメンとして打席に入り本塁打を
放ってきたとゆう事。これは過去に人しか達成していない
希少な記録だ。


個人的に印象深く記憶に残っているのは田中が主に1番として
活躍していた97年。


7月6日の西武戦で石井貴からサヨナラホームランを放って試合を
決めれば次のオリックス戦で初回先頭打者アーチを放つという、
当時としては30年ぶりの珍記録をマークしている。


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これは通算287本塁打を放ってきた田中においてもっとも
インパクトの強かった『2打席連続ホームラン』と言って
過言ではないだろう。


度重なる故障で1500安打達成からから2000本安打までは
かなりの時間を要してしまった。


更に若手の台頭も重なり、出番は激減。
夢だった名球界入りも、もはやこれまでか・・・



しかし07年4月、仙台での楽天戦。
チームの勢いを加速させると共に自身の大記録達成まで一気に
スパートさせる事になった、代打満塁本塁打を放つ。


あの劇的な一発にはファンもナインも、恐らく田中自身も
勇気づけられたに違いない。



『田中幸雄はまだまだやれる!!』



そして迎えた運命のあの日・・
長い間、本拠地として戦いの場としてきた東京ドームでの
達成とゆうのもドラマティックで面白い巡り合わせだった。


弱小時代からチームを支え続けてきた田中・・

まだスタンドに空席の目立った東京時代を懸命に応援し続けて
くれた関東のファン・・


そんな苦労をずっと見てきた野球の神様からの粋な演出、
ささやかなご褒美だったのかもしれない。



【動画コーナー】


本日の動画コーナーは記録達成の瞬間も良かったのですが今回は
管理人が一番気に入った幸雄動画をセレクトしてみました。

オレンジユニフォームが懐かしく、若き日の幸雄に良く似合っています。

近年、ファイターズの指導者としての復帰がささやかれている
幸雄さん。自身のような大型内野手育成に向けてその手腕を
期待していきたいところです!




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