2009年05月29日

中田翔【怪物伝説、始まる・・】

2007年10月3日、ドラフト会議
私はたまたまテレビ中継されていたドラフトの模様を見る為に
ブラウン管の前で釘づけになっていた。


当時『怪物』とまで称された高校生・中田翔の交渉権を果たして
どの球団が手にするのか・・


中田の元にはファイターズを含め球団の指名が重複した。


抽選に参加した北海道日本ハムの藤井球団社長のとぼけた名演技(?)
により最後までどの球団が交渉権を獲得したのか分からなかったが
『当たり』を引き当てた球団がファイターズであった事が判明する。


その年、既にリーグ連覇を果たし常勝軍団の礎を築きつつあった
北海道日本ハムに、更にあの超大物高校生が加わる事には本当に
心からワクワクさせられたものだ。


これは余談だがファイターズは元々、ドラフトでのクジ運が非常に
悪く、俗に言う『大物』と呼ばれたアマチュア選手とはほとんど
縁がなかった。


それだけにその瞬間、私は感涙の涙すら浮かべてしまうほど、
一人喜びに打ちひしがれてした記憶がある。


そんな『苦難』のドラフト道を知った私にとっては少し感動的だった
ファイターズと怪物・中田翔との出会い・・・



          s.nakata
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中田翔の一軍デビューは周囲や私の予想よりだいぶ時間が
掛かってしまった。

高校時代は主に投手を務め、やはりプロでいきなりほぼ未経験で
慣れない内野守備をやれとゆうのは酷な話だったろう・・。
(プロでの三塁挑戦は本人の希望でもあったが)


守備の不安からくるものなのか持前のだった豪快なバッティングまで
影を潜めてしまい打撃の調子が上向き始めてきたと思ったら骨折に
よる長期離脱・・。中田にとっては試練のプロ一年目となってしまった。


そして今年、2009年。
春季キャンプは絶好調で打ち上げたのにオープン戦では投打と共に
精彩を欠き今年も3月半ば、またも鎌ヶ谷に『送還』されてしまう。


この時の状態の悪さは今後の中田翔を心配してしまうほど、ひどく
目に余る程だった。だがそんな中田に良くも悪くもちょうどこの頃、
一つの転機が訪れようとしていた。



一塁へのポジション変更・・



どちらかと言えば三塁よりは守備への負担が少ない一塁へと
コンバートされた事で守りへの不安が取り除かれたのか開幕後、
ファームで伸び伸びと打ち始めた。
結果、イースタンでは2冠王。(5月末現在)


しかし三塁手として経験を積んだ事は今後一塁を守り続けるにしても
中田にとっては大きな財産になったはず、そう考えている。
きっとあの頃の貴重な経験が守備面においてこれからも生き続けて
くれるだろう。



そして5月23日。交流戦の対東京ヤクルト戦。
中田は念願の一軍での『北の大地』デビューを果たした。


7番・DHでのプロ初打席。
スワローズ・バレットの変化球を中田のバットが捉える!


豪快な、まるで外国人選手のような打球がアッとゆう間に三遊間を
抜けていった。凄まじい当たりだった。


プロ初打席初安打。
中田が晴れて一軍の『壁』を叩いた瞬間だった。


中田らしくデビュー戦は派手に決めてくれた。
あとは競争激しい野手陣の中においての一軍完全定着。
これを果たせれば今の中田なら結果は自ずと付いてくるだろう。


手ぐすねを引いてこの時を待ち構えていた男・中田翔の逆襲は
今、これから始まろうとしている!!



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posted by 羽夢 at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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