2009年05月09日

ファンは俺の宝・・【新庄剛志】

この男にはどれほどの勇気と感動を与えてもらっただろうか。
新庄剛志・・(ファイターズでの登録名はSHINJO)
『北海道日本ハムファイターズを変えた男』
これは決して大げさな言葉ではないと、個人的にそう思っている。


私は新庄の残してきた『台詞』の数々に涙すら浮かべる事もあった。
思えばファイターズ入団会見時、

『これからはメジャーでもない。セ・リーグでもない。パ・リーグです!』

こんな粋な台詞、中々言えるものじゃない。


生粋のパ・リーグ党の私にこの新庄の言葉は
【きっとこの男ならファイターズを変えてくれる】
そう思わずにはいられなかった。
パ・リーグに、そしてファイターズに明るい未来を覚えた。



        shinjo


新庄こそ本当の意味で、プロフェッショナルだったのかもしれない。
魅せる野球。常にファンの目を意識し、楽しませる。
なにげない外野飛球でも新庄ならあたかもファインプレーだったかの
ように魅せてしまう。
それでチョンボする事もあったがそこはご愛敬。
そんな姿も新庄なら絵になってしまうから不思議だ。


オールスターでの予告MVP、着ぐるみゴレンジャー、
幻のサヨナラ満塁本塁打等々・。


ファイターズでの『SHINJO』は壮大なパフォーマンスや言動で
たくさんの思い出があるが新庄のまるで野球スタイルそのものを
象徴しているかのような印象深い試合があった。


2005年6月16日。広島東洋カープとの交流戦。
観客もまばらだった札幌ドームのスタンドで日米通算200号本塁打
達成した際、こんなコメントを残していた。


【ファンがこんな少ない中で打つなんて・・
だからこそ今日観に来てくれたファンの為にも打ちたかった】


誰よりもファンを大切にしてきた新庄のこの言葉の中に全てが
凝縮されている気がした。


2006年、25年振りにリーグ優勝を果たし、ほとんどの選手が
初めて体験するあの日本シリーズの大舞台で新庄が日頃から言って
いた『野球を楽しむ』ことが出来なければあの歓喜の瞬間は訪れな
かったかもしれない。


浮足立ちやすい若手選手が多かった中で新庄の抜群の存在感はさぞ
大きかった事だろう。


【エピローグ】

現在は幅広い分野で活躍される新庄さん。
2004年北海道移転と同時にリニューアルされた現在使用中の
新ユニフォームが良く似合っていた。


またいつか野球界に携わってくれる時が訪れるのだろうか。
願わくばその時はファイターズで・・・
また北海道で夢と感動を与えて欲しい!


        夢は見るモノじゃなく叶えるモノ!

                              にほんブログ村 野球ブログへ

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。