2009年03月11日

背番号『0』の英雄【松浦宏明】

なにやら北海道日本ハムでは背番号『』を使用する事が
廃止になったらしい。


理由として・・


『通常は1番から始まる社会通念上の番号という定義では、
 違和感がある』 ・・・とのコト。



この理由に対し、色々賛否はあるだろうが個人的には何となく
分からない気がしない訳でもない。


ファイターズの背番号『』と言えば最近では現・巨人の
古城茂幸が入団時から付けていた事で有名かもしれないが
個人的に一番印象に残っているのは長きに渡って『番』を
背負っていた松浦宏明の名が思い出される。
(まつうら・ひろあき)



1984年、入団時の背番号は『59』であったが4年目の
88年から投手としては珍しい背番号に変更されている。


意図は分からないが前年の87年、抑えとしてSを挙げ
急成長を遂げていたところを見れば決して懲罰的な意味合いでは
ないだろう。


87年は敗戦処理からスタートした松浦が登板する度に不思議と
打線が爆発し、勝ち星が転がり込んでくる事から『逆転のマツ』
呼ばれていた。


この年はリリーフのみで開幕から連勝。
オールスターにも出場し一躍松浦の名が全国に轟く。


そして背番号変更後の88年、シーズン途中から先発に転向し
15勝5敗、防御率2.76の好成績でパ・リーグ最多勝にも
輝いた。


90年には11勝8敗で2度目の二桁勝利。
91年にも9勝、93年からは中継ぎとしてチームに貢献し
西崎幸広と共に常にファイターズの主戦投手として在り続けた
存在だった。


だが95年、背番号が『11』に変更された途端に不調に陥り、
シーズン途中に横浜にトレードされてしまう。


特別、0番が似あったとゆう訳でもないし『0』じゃなければ
いけなかった、とゆうのもチョット大袈裟な言い方だが・・

松浦にとってのゲンが良い番号とはやはり『』だったのでは
ないだろうか。


全ては結果論だが今はそう思えてならない。


もうファイターズでは見る事の出来ない背番号・・・『0』


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この記事へのコメント
この、松浦選手は、今は違うが、東京の三軒茶屋で上達屋という店のコーチをしていました。わたしは、そこで、その松浦コーチに教わり
だいぶバッティングがよくなりました。松浦コーチには、とても感謝
しています。
Posted by 野球好き at 2010年04月05日 11:02
野球好きさん、どうも初めまして!
「上達屋」は失礼ながら、初めて知りました。
私もHPで確認してみたのですが、松浦さん辞めてしまうみたいですね。
たくさんの人から慕われていたようで、松浦さんのまた違った一面を
垣間見ることができました。

プロ野球選手の「その後」には、個人的に大変興味があります。
貴重な情報をありがとうございました☆
Posted by 羽夢 at 2010年04月05日 19:30
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