2009年02月24日

イチローの『あの日あの時あの場所で』 〜ハム番レポ〜

あれは1995年のシーズン終盤でのこと。
既に優勝を決めていたオリックスブルーウェーブ
東京に乗り込んできてのファイターズ戦。


いわば消化試合だったにも関わらず52.000人もの大観衆が
ドームを埋め尽くしていた。
もしかしたらこの日来ていた観客の半分、いやそれ以上はあの
選手目当てに来ていたのかもしれない。


事実、私もファイターズの選手以外では初めて一人のプレーヤー
見物しに行く為に東京ドームへと足を運んだ。


ひとつひとつのプレーに華があって見る者誰もが魅了された
パ・リーグの至宝・イチローを見に行くために・・・。


イチローは92年から00年までNBLのオリックスに所属して
いたので当然ファイターズ投手陣とは何百回と対戦している。


一言!  『良くやられた・・』
210安打をマークした94年には対日本ハム戦だけで
4割以上の打率をマークしている。


イチローVS日ハム投手陣で思い出深かった試合は結構多い。


数ある対戦の中で印象に残っている試合は95年、ドームで
左腕・河野博文から特大の満塁アーチを見舞ったり、99年には
開幕から3試合連続完封の懸かった金村暁から最終回にその夢を
打ち砕くホームランを右中間に放っていた。


でも極めつけはやはりあの試合だっただろう。
オリックスがリーグ連覇を決めた1996年9月23日。
グリーンスタジアム神戸。


相手はマジック対象チームの2位、
日本ハムファイターズが相手だった・・・。



日本ハムが3−2、1点リードで迎えた6回裏。
イチローが同点ホームランを岩本勉から放つ。


その後オリックスが2点を勝ち越すも8回表にF・田中幸雄
満塁一掃の3点タイムリーが飛び出し再度逆転を許してしまう。


9回裏にD・JがF・島崎毅から同点ホームランを放ち
試合は延長戦へともつれ込んだ。


そして10回裏・・
無死1塁で再びイチローに打席が回ってきた。


島崎の投じた2球目。外角のややボール臭い直球にイチローの
バットが反応する!


鋭い当たりはレフト線への当たり!
ボールが外野へ転々と転がっていく。打球に勢いがあったので
1塁走者の本塁生還は難しいと思われたがレフト・デューシー
クッションボールの処理をもたつく間にランナーの大島公一
悠々とホームを駆け抜ける・・・。



     THE END!



ブルーウェーブの鮮やかで少し出来過ぎたくらいの
サヨナラ勝ちだった。






この試合に蹴りを付けたのはやっぱりイチロー。
長嶋さんや清原じゃないけど『ここで決めて欲しい!』
大勢のファンが望む時は決まって必ず打つ。
真のスターとはこうゆうものだと、改めて思い知らされた
あの日のイチロー。


無論、目前でファイターズが優勝を見せられた事で
強烈に印象に残っているのは確かだし当時は悔しくて
悔しくて仕方がなかった。


ただ今日、日本代表の強化試合を見ていて久しぶりに日本で
プレーするイチローの姿を見ていたらそんな過去の記憶も
今はとても穏やかな気持ちで懐かしくも思える。
むしろあの時のイチローが物凄くカッコ良く思えてきた!


WBCでは先頭に立って若手を引っ張っていってもらいたい。
そしてジャパンの一員として思う存分、世界で大暴れしてきて
欲しい!



演劇 3番 Center Fielder


   ICHIRO SUZUKI!



posted by 羽夢 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | FSネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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