2009年02月23日

イチローを完璧に封じた男【柴田保光】

柴田保光・・・


この男もまた長いファイターズの歴史の中で
とても思い出深い投手だった。
(しばた・やすみつ)


柴田は元々は西武ライオンズに在籍していた選手。
84年に江夏豊との交換トレードで日本ハムに移籍してくる。
背番号は13(F江夏⇔L柴田・木村広


西武在籍時は球は速いがとにかくノーコンピッチャーで
四球から自滅していくパターンも少なくはなかった。


それが日本ハム移籍後、フォーム改造に着手。
少し腕を横から繰り出すスリークウォーター気味に変更した事で
大幅に制球力も向上した。


管理人的にはハム時代を一番多く見てきているのでまるで
精密機械のようなコントロールを誇った柴田が入団当初は
ノーコンだったなんてにわかに信じがたくはなる。
イメージとしては平成に入ってからの巨人・斎藤雅樹
投球フォームに近かっただろうか。


田村藤夫の時も触れた事はあるが1990年4月20日の
東京ドーム、対近鉄戦でノーヒットノーランを達成している。


許したランナーは四球で与えた一人だけとまさに
準完全の完璧の内容だった。
最後の打者、近鉄・米崎を三振に斬って取り満面の
笑みを浮かべていたのが印象深い。

       ノーヒットノーラン達成時の柴田
       y.shibata




それから一か月も経たない5月9日の東京ドーム。
一人マウンド上で躍動し続ける柴田保光の姿がそこにあった。



        柴田保光の英雄列伝・・・

この日は西武ライオンズとの一戦。
先発は日本ハムが柴田保光、西武が渡辺久信
好投手同士の対戦。当然投手戦が予想されたのだがまさか
こんな展開になろうとは誰が予測出来ただろう・・。


まずナベQが球史の残るピッチングを展開する!
序盤から球が走り日ハム打線は手も足も出ない。
なんと9回を投げ終え無安打無得点に封じこめた。


正真正銘、渡辺はここまでノーヒットノーランを記録して
いたのだがまだ試合は終わらない。
なぜなら味方打線も柴田の前に無得点に抑え込まれていた
からだ。
柴田も打線の援護を待ってまさに孤軍奮闘、マウンド上で
獅子打線を前に仁王立ちしていた。


試合は0−0のまま延長戦に突入する。
渡辺は10回も投げ終え、なお無安打無得点を継続していた。
それでも決着はつかない!


そして運命の11回表・・。
F・小川浩一にチーム初安打を許しついにノーヒットノーランの
夢は潰えたのだが結局試合には勝利した。


もちろん渡辺のピッチングは凄かったが味方打線を信じ
ずっと耐え忍んできた柴田保光・粘りのピッチングも
十分称賛に値すべきだろう。


ただでさえ全盛期のライオンズ・強力獅子打線が相手。
張りつめた精神状態も極限の域に達していたかもしれない。
柴田も渡辺に負けず劣らず、まさに獅子奮迅の投球だった。



個人的には1992年の開幕戦、開幕投手に抜擢された柴田が
これまた西武を相手に勝利投手となりこの年新任だった
土橋正幸新監督の涙を誘っていた姿がとても印象深い。


あと柴田保光について意外と知られてしない、
こんな逸話があったのはご存知だろうか?


あのメジャーの年間安打記録を保持している現マリナーズの
イチローを柴田は通産10打数ノーヒットに抑え込んでいる。
(柴田とイチローは92年・93年と1軍で対戦している)


まだ駆け出し中の頃のイチローだったとはいえ今現在、日米を
通じて10打数以上対戦している投手の中で無安打にイチロー
を封じているのは柴田保光、この男だけである。


プロ入り当初だった天才ヒットメーカーもハムの精密機械
相手ではまだお手上げ状態だったという事か・・。


柴田保光、恐るべし!



この記事へのコメント
管理人様こんばんゎ!

柴田保光投手は凄かった!

ある日珍しく、「日ハムvs西武」戦のナイター中継があり、たまたま見ました。

「精密機械柴田」vs「西武打線」!

ムカつきましたよ!打線の援護が・・・
Posted by 元南海ホークスファン at 2009年03月08日 01:29
元南海ホークスファンさん!こんばんわ^^
こちらにお越し頂きまして誠にありがとうございます☆
そうなんですよ〜。
あの当時は投手力はそこそこあったんですけど
貧打に泣かされ続けましたからね^^;
そういえばマニアックな話で恐縮ですが柴田投手の
病気が治った時、一時期ホークスが獲得に名乗りを
挙げようとしてましたよね!
覚えてます?
元は九州の人ですからかね。
是非また昔話に花を咲かせましょう(笑)
Posted by 羽夢 at 2009年03月08日 02:15
管理人様こんばんゎ!
返コメありがとうございます。

>一時期ホークスが獲得に名乗りを
申し訳ないです。覚えておりません・・・

今思うと、あの当時はライオンズが強過ぎて、ホークスファンと言うよりは、
アンチライオンズでした。(今はもちろん違いますw)

贔屓のチーム事情よりも、「10/19川崎決戦」の時・・・
「高沢ぁ!有藤ぅ!空気読めや!」と怒った記憶や、

翌年の「10/14」に・・・
「頼む!ホークス負けろ!パ・リーグのために負けろ!」
と願った記憶しか残っておりません・・・


その後ようやく、ホークスが日本一になり、
私の「ホークス愛」は完全燃焼し、現在はイーグルスファンです。(大笑い)


先ほど、韓国に負けてしまいましたが、あんまり気にしてないです。
面白い野球を見れれば、幸せです。
Posted by 元南海ホークスファン at 2009年03月09日 23:55
さすがは元南海ホークスファンさん^^
懐かしい話がたくさん出てきますねぇ!

お!現在は楽天ファンですか☆
今年は結構イイ線行くんじゃないですか!
ただフェルナンデスの退団を楽天ファンはどう考えて
いるのか是非お聞きしてみたいものです(笑)
バッティングは『A』ランクでも守備は『E』ランク
並みでしたからねぇ^^;

WBCは・・こんな事言ったら顰蹙買いそうですけど
私もプロ野球重視なんで勝つに越した事はありませんが
稲葉やダルに故障がないように、ただそれだけを祈ってます(笑)
Posted by 羽夢 at 2009年03月12日 00:18
こんばんは!
あまりに面白いので過去の記事も読ませて頂いてます。

柴田保光!覚えておりますとも!あの無安打無得点試合。テレビ埼玉で中継されてましたね。近鉄ファンでありながら最終回は柴田を応援してました。
記念のボールはスタンドへ。次の目標を聞かれて、「四勝目です。」

格好良かったなぁ。
あの年は血行障害を克服して二桁勝利を挙げたんですよね。
いやぁ、懐かしい。
Posted by at 2009年06月30日 03:29
EILEENさんですよね!!
またまたコメントありがとうございます。
はい、確かにテレビ埼玉で中継されていました。
まだ子供の頃だったのですがあの柴やん快投っぷりには
強烈に印象に残っています!
それと・・なぜか最後のバッター『米崎』さん。
あの方も脳裏に強くインプットされてまして・・^^;
最後、柴やんが三振で格好良く決めてくれましたからね?
尚更かもしれません!
最後にフォローするつもりじゃありませんが米崎さんは
ソウルだったかな?オリンピックで活躍されてましたよね☆
野茂さんや古田さん、我らがテルシーもいたんだから
あの当時のメンバーは最強でした!!
Posted by 羽夢 at 2009年06月30日 23:37
あれ?日本野球選抜対韓国野球選抜のことに触れていませんね。
その当時韓国野球はアメリカナイズしてきたときで、いわゆるパワー型。その第一線に先発したのが確か柴田。
球速はなくともスライダー、シュートそして何よりコントロール。
韓国打線は翻弄されました。

そして自信満々に臨んだ韓国人解説者も試合に負けた後、あまりにも何もできず、負けた韓国チームに韓国人解説者も言葉を詰まらせ全7試合あるその1試合目の衝撃に、「おそらく韓国は全敗するだろう。しかし彼らには勉強になったはずだ」と言葉を絞り出しました。
結果としては4勝3敗。
それほど柴田の投球は「どうやっても打てる気がしない」ものでした。
Posted by at 2017年03月12日 22:53
その試合は知らなかった!教えて頂いてありがとうございます。
90年代前半の頃の日韓シリーズですかね。ソンドンヨルなんかが出場していた?
かつての速球投手が見事な技巧派投手に転身を遂げた柴田さんのスタイルに、野球の奥深さを感じますね。
Posted by 羽夢 at 2017年03月15日 09:43
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